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法律

香港長官、報道の自由巡る批判に反論 民主派メディア廃刊で

ニュース記事

[香港4日ロイター]香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は4日、香港の報道の自由が「消滅」の危機にひんしているとの主張は受け入れられないと語った。
 香港では昨年末に民主派ネットメディア「立場新聞」が警察の摘発を受け、幹部ら7人が逮捕された。
 また、別のネットメディア「衆新聞(シチズン・ニュース)」も2日、「メディア環境の悪化」を理由に運営停止を発表した。
 ラム長官は週次会見で「オンラインメディアの閉鎖により、香港の報道の自由が消滅の危機に直面しているというニュースを今朝読んだが、そうした主張は受け入れられない」と述べ、法の支配よりも重要なものはないと強調した。
香港長官、報道の自由巡る批判に反論 民主派メディア廃刊で(ロイター) – Yahoo!ニュース

哲学的な解説

一般的には,人間の行動や物体の運動に関して,外的拘束や障害がないことをいう。「政治的自由」や物体の「自由落下」などはこの意味である(強制からの自由)。また,とくに人間の選択行動に関して,それが内的必然性,または自発性のみによって決定されているということをいう場合がある(自発性または自律性による自由)。さらに,人間の意志に関して,それがいかなる種類の必然性によっても決定されない完全な選択の自由を持つということを意味することもある(必然からの自由,無差別の自由)。
哲学事典』「自由」(p.652)
カントは『人倫の形而上学基礎づけ』第1章の冒頭でこの〈善意志〉を取り上げ,人間が備えることができるさまざまな善いもののうちで〈無条件に善い〉のはこの〈善意志〉のみであるとする.なるほど判断力といった〈精神の才能〉や,勇気や根気強さといった〈気質の特質〉も,多くの点で善いと言えるが,しかしこれらはこれらを使用する意志が善くなければきわめて悪く有害になることもある.また権力や富や名誉や健康,さらにはそうじて〈幸福〉とよばれる快適な状態も善いものに数えられるが,しかしそれらが心に及ぼす影響を統御する〈善意志〉が備わっていなければ,それらを所有する人間を奔放にさせ,高慢にする.
岩波 哲学・思想事典』「善意志」(p.954)

自主管理個人主義による哲学的な学習

法律を楽しく学び知るために、保障や支援によって救済され、幸福になった人々の事例と、違法や脱法の活動によって生じた被害者と加害者の事例を、学び知ること。
「法に『遵う』」即ち「法に『学ぶ』」という姿勢や観念を持つこと。
自由を、「強制や束縛からの逃避や解放」という観点と、「孤独な重責や苦難への自発的な直面」という観点で、学び知っていくこと。
「人に従う」だけではなく、「理に適う」ということにも、自ら努め励んでいくこと。
「理解の無い服従」と、「理解のある心服」の違いを理解して、前者を減少させていき、後者を増加させていくこと。
自分自身の欲求の起因とその影響を、熟慮すること。そのためには、「自分自身のために、自分自身から自由になること。」に努め励むこと。
自分自身で、一定の習慣や規則を自ら設けて、自身に課し、それによって、自由による怠惰を阻止して、自由による自律性の向上を図っていくこと。
「自身に由る」の「自身」(意識)を良化するために、「自我」(意志)が「善」を追究並びに創造していくこと。そのためには、(ひろ)く学んでいくこと。
自然の法と人工の法を比較して、まず個人で出来る範囲から、適切に変化に合わせて、習慣・概念・文化等を漸進的に改新していくこと。
複雑で難解な内容であり、その上、膨大な量の法を体得するために、生命に対する価値観を改善・向上・深化させていくこと。
私利私益と公利公益を確りと公平に両立させている根拠に基づいて、憲法や法律をはじめ、国家や社会、組織や団体、文化や習慣等を評価していくこと。
言葉は人間関係や社会運動の構築や破壊等を決する重大なものであることを認識して、自制心や克己心等をも以て、発言の自由や言論の自由等を求めること。
「遵法精神」が、「利他的な社会性」並びに「積極的な克己心」に由るものであるようにしていくこと。
法を、「不自由や強制を齎す(もたら)存在」として理解するだけではなく、「善や正義」、「安全や安定」、「健康や改善」等を学ぶための重要な参考の一つとしても理解すること。
法律に依る、自由の制約の根拠とその利益、そして、自由の保障とその危険性を、同時に考慮して、社会生活を送ること。
自主管理個人主義(3つの能力/12の能力要素)と「法律」

紹介文献

〈法と自由〉講義――憲法の基本を理解するために | 仲正 昌樹 |本 | 通販 | Amazon
高校の政経や大学の法学概論で習う「近代法」の理念的骨格を作った、ルソーの「一般意志論」、ベッカリーアの「人民の合意に基づく罪刑法定主義論」、カントの「公民的秩序論」という原点に遡りながら学ぶ、私たちの社会を根底から規定する“法”の原点。

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