2. 文化
文化

クジラを祀るベトナムの「鯨寺」

ニュース記事

 フオンさんによると、クジラの死骸を受け入れると、まず儀式委員会が線香を手向けて祈り、廟の敷地内に死骸を埋葬するための土地を手配する儀式を行う。その後、きれいな水を使って死骸を洗い、香りのついた水を吹きかけ、身体全体を覆うように酒を注ぐ。
 フオンさんは、クジラは友人のような存在であり、漁師をいつもひそかに助けてくれていると話す。死んだクジラを目にするたび、フオンさんも他の人々も、皆大きな悲しみを抱く。クジラの死骸が発見されれば、地元住民や漁師は昼夜を問わず、たとえ漁の途中であってもすぐに駆け付け、埋葬を手伝い、クジラに敬意を表して何時間も交代で見守る。
クジラを祀るベトナムの「鯨寺」 [特集] – VIETJOベトナムニュース (viet-jo.com)

哲学的な解説

梅岩は既成の学問,思想にとらわれず,生地の耳目をつうじて人間の本然の相をとらえようとした。かれによれば、人間の本然の相を映し出したものが心なのであって,人間は心の修養工夫によってその環境,境遇にふさわしい生き方をすることができる。
哲学事典』「心学」(p.732)
道徳律は,理性的であると同時に感覚的な主体としての人間にとっては,「当為」あるいは「命令」として,その遵奉を強制的に迫ってくる.それゆえ,当為は,自己保身の義務の意識と結合し,客観的な〈事実の秩序〉とは違った別の秩序,主体的な〈価値の秩序〉を形成する.
岩波 哲学・思想事典』「道徳律」(p.1167)

自主管理個人主義による哲学的な学習

日々の食事に、道徳的・倫理的な意識並びに疑問を懐くこと。
「在る」という事実の絶対性と、「有る」という認識の相対性を理解して、心の充実と虚無を両立させていくこと。
自然の法則に、自己の規律を照らし合わせていきながら、模倣しつつ、独創的な現実を成していくこと。
自らの意志並びに行為の基準を、道徳や倫理、常識や法令等の人為だけではなく、自然の法則とも照らし合わせてみて、判断や改変・調整していくこと。
「知る器」である「脳」、「知る道」である「心」、「知を知る者」である「意」、この三者を学び知って、器に縛られず、道に迷わない、知る者を目指すこと。
「無」という、「変化してしまった存在」を追究することで、その変化の原因や理由を理解し、また追及していく過程で、自身の学習や認識を向上させていくこと。
名利に一切関係なく、独りで、生死と命の存在と向き合う時間と場所を確保して、慎み深く、思い遣りのある哀悼を行うこと。
創造には破壊が必ず伴うことを悟り、肯定的な自己否定に、慎重に勉め励んでいくこと。
「在る」ということに対する認識を高めるために、赤子のような心や認識に帰りつつも、成人の心や認識を以て、思弁の深化と経験の蓄積を両立させていくこと。
知ることを知るために、言語や概念から離れては、感情や理性を越えて、物質や事象から脱し、「『在る』を知る」という「第一知識」を得ること。
環境の本質を窮めていく、並びに、環境の未来を創っていくには、個体の性質を窮めていき、そして、自身の現実に臨んでいくこと。
言動を慎んでは、承認欲を放棄して、沈思黙考を通じて、厚志の発露のある単独実行を積み重ねていくこと。
「時間を愛する」、つまり、生命の終焉から、美を見出していくこと。
「自分」という生者には、(おびただ)しい数の死者によって生きていることを認識すること。
利潤の追求と道理の体得を両立させていくこと。
自主管理個人主義(3つの能力/12の能力要素)と「文化」

紹介文献

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14) | 石田梅岩, 城島明彦 |本 | 通販 | Amazon
石田/梅岩 1685~1744年。江戸中期の思想家。石門心学の始祖。丹波の人。本名、興長。小栗了雲に師事。実践的倫理思想をわかりやすく説き、町人層に歓迎された
アニマルウェルフェア―動物の幸せについての科学と倫理 | 佐藤 衆介 |本 | 通販 | Amazon
「アニマルウェルフェア」というと、西洋という対岸の火事のような感じですが、我が国でも緊急な課題となっております。動物科学系以外の方にはあまり関係なさそうですが、私たちに食べられる動物である家畜の「幸せ」を科学的に、そして倫理的に検討した本で、いつかは殺される動物を「どう生かすか」というテーマは、とりもなおさず、いつかは死ぬ私たちが「どう生きるか」に通じるテーマでもあります。畜産で何が問題視されており、家畜をどう生かそうと考えているのかを感じていただき、自分の「生き方」を振り返る一助になれば幸いです。
2. 文化
文化

文化)「遺体ホテル」への反対運動 経営者が語った〝至極まっとうな反論〟死体を歓迎しない「究極の自己否定」

ニュース記事

多様性やダイバーシティが叫ばれて久しいが、わたしたちが承認している多様性の実態とは、不吉な兆候として忌避される対象をあらかじめ消し去った上での多様性であるのが実態だ。共存することへの嫌悪感などといった感情の絶対化に基づき環境を美化した上での多様性に過ぎない。
「遺体ホテル」への反対運動 経営者が語った〝至極まっとうな反論〟 死体を歓迎しない「究極の自己否定」(withnews) – Yahoo!ニュース

哲学的な解釈

偶発的に,あるいは自覚的に訪れる生の終末。有機体より無機体への転化。
哲学事典』「死」(p.553)
死の事実こそは,人生の〈無常〉を最も深く感知せしめ,人生の意義について人を煩悶せしめ,懊悩にみちた数々の宗教的哲学的諸思想を生み出す源泉となってきた.
岩波 哲学・思想事典』「死」(p.599)

自主管理個人主義による哲学的な学習

「死にたい」という疲労困憊や絶望感等から発せられる気持ちや言葉と、「生きたい」という本能並びに本性の矛盾の対立に気付くこと。
次の三つの心の状態を、学問を以て改善していくこと。
①「有る」への執着心・②「無い」への恐怖心・③「在る」の忘却
「死」という決定から、「死への行き方」即ち「有限の生命活動の有様」を、自ら学んでは、悩んで、そして、決行すること。
自分が好きで、自分には出来ることを誇り尊んで、社会から不当に強要される、自分には出来ないことを恥じ苦しまず、まだ出来ていない徳行に努めること。
考えることと同時に、感じることにも努め、感じると同時に、学ぶことにも努めていくこと。
報道等を通じて、病気や災害、事故や事件、戦争等はもちろんのこと、周囲の環境に在る動植物の変化、特に闘争死や衰弱死等も記憶すること。
死に関する事実を知るまたは思い出して、生気を高めていくことを習慣化させていくこと。
食事で、深謝の念(深い感謝と誠実な良心)を必ず懐くこと。
「『死』という、全て生物が到達する存在の最終の瞬間」という平等の存在と、「『生』という、全て生物の有限の活動」の不平等性を学び知ること。
時折、意を無にしては、心を虚しくて、情を空しくし、そして、純一無雑な認知で、景色(空間)を観ては、変化(時間)を黙視して、本心(点)に立ち返ること。
自分で自分自身を大切に想う気持ちを以て、他者や環境を認識並びに洞察すること。
死を招く発言を厳しく戒めては、生を促がす発言を適時に行って、生を冒して死を招く誹謗中傷や暴力には、厳粛な自衛行動あるいは拒絶的な回避行動を成すこと。
危険なことは、一人で考えずに、善人や賢人を探し求めて相談し、善良な行為は、大衆や社会には、出来る限り、あるいは善い理由外では極力公言せず、行うこと。
次の三つの構造を認識すること。
①他者の苦痛並びに死に因って自分自身が生存していること。
②自分自身の喜楽並びに生に因って他者が死亡していること。
③自分自身の意識並びに気力には、「死」という内容が在ること。
ストレスから来る肉体的・精神的な疲労困憊や激痛・辛苦等を、真剣に受け止めて、生の継続を何よりも最優先して、死の可能性を限り零に低めていくこと。
自主管理個人主義(3つの能力/12の能力要素)と「文化」

紹介文献

哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン | マーク ローランズ, Rowlands,Mark, みね子, 今泉 |本 | 通販 | Amazon
気鋭の哲学者が仔オオカミと出会い、共に生活しその死を看取るまでの驚異の報告。野生に触発されて著者は思考を深め、人間についての見方を一変させる思想を結実させる。