敬虔新聞

№008)徳育・食育・知育・体育そして公民教育に人格教育の実行

2024/10/19 23:48

 「暴力」、それは私達人類の、動物・生命体・有機体としての特性の一つである。私達の祖国日本の常識・通念・定評等は、「暴力は嫌悪・忌避・否定・克服されなければならないものである。」であるが、この常識・通念・定評を懐疑的・批判的、そして、建設的・進歩的に、再考・再評価・再構していくことが、政治意識の向上・政治運動の活発化・政治改革の熟慮断行の基礎になることであろう。

自民党本部に火炎瓶のようなものが投げ込まれその後、首相官邸に軽自動車が突入しようとした事件を受け、石破首相は「民主主義が暴力に屈することがあっては絶対にならない」と強調しました。石破首相は19日午前、鹿児島県内で衆議院選挙の応援演説を行いました。その演説の冒頭で事件に触れ、「民主主義が暴力に屈することがあっては絶対にならない」と述べた上で「この選挙、そして民主主義が暴力によって破壊されることがないように、国民の安全安心が守れるように、今後とも万全を尽くす」と強調しました。
石破首相「民主主義が暴力に屈してはならない」 自民党本部に“火炎瓶”官邸に車突入で(2024年10月19日掲載)|日テレNEWS NNN (ntv.co.jp) 2024年10月19日 12:10

 圧倒的大多数の世論・通論・定論は、この事件を引き起こした犯人を非難し、厳正な処罰が実行されることを強く望んでいる。しかしこの犯人とその犯行が引き起こした事件は、言うまでも無く大事ではあるものの、結局の所、実は小事に過ぎない。この事件は、根本的な問題が表面化した極一部の極端な実例に過ぎないのだ。では根本的な問題は何か?何十年にも亘って続いて来た失政と大勢の政治家達の数多くの職務怠慢・不祥事・疑獄、そしてそれに因る国民の強い政治不信がそうであるのか?いや、実はこれも、根本的な問題に因って成ってしまったものであり、それ自体は根本的な問題ではないのだ。では根本的な問題は何か?それは正に他ならぬ、私達人民の「政治的無関心」と「社会的排除」そして「意図的無知」と「合理的無知」等、簡潔に言い表すと、「私達大人の不徳の致すところ」であるのだ。

 他の誰でもなく、私達大人が、自身のあらゆる不徳を、自発的・抜本的・徹底的に、自覚しては、猛省して、打破に改善や刷新等に奮励努力すること、これこそが、正に根本的な問題の根本的な解決の起点にして基点であるのだ。

 『教育基本法』は、極めて重要な国法の一つであるが、現行(平成十八年法律第百二十号)のものには、次のように述べられている。

第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。 第十三条 学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。
第十四条 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。

 不道徳に不健康、不利益に不満足、不条理に不本意、これらが、実社会での圧倒的大多数の人々の実情であろう。そうであるからこそ、私達大人こそが、実社会の中で、「知らぬが仏」・「出る杭は打たれる」・「長いものには巻かれろ」・「後は野となれ山となれ」等のような逃避に適応や世渡り等ばかりでではなく、「社会教育」・「成人教育」・「自己調整学習」・「生涯学習」をも兼学していくことが大切である。

 徳育・食育・知育・体育、幼児期にてその下準備や土台を完成させ、児童期にてその初歩的・基本的な実行から開始し、青年期にてその本格的・流動的な展開に挑戦し、そして社会人に成る前に、青年達が自らこれら四つの教育を自己教育として体得しては、自発的な習慣として、社会人への道を歩み出す。次世代の若者達が、このような幼少期に思春期、そして社会人に成る前の準備期間を過ごすことが出来るように、私達は、大人として復習と予習を決行し、公民として理財と参政を決行し、国民として愛国と積徳を決行し、個人として自愛と他愛を決行しなければならないのではないだろうか?

病気や災害、自死などで親を亡くしたり、障害などで親が十分に働けなかったりする子どもたちを支える秋の「あしなが学生募金」が、19日から三重県内でも始まる。[中略]事務局では「生活が困窮し、教育費にお金を回せない家庭が目立つ。一人でも多くの遺児に奨学金を届けたい」と募金を呼びかけている。
「教育支援一人でも多く」 あしなが学生募金、19日から [三重県]:朝日新聞デジタル (asahi.com) 高田誠 2024年10月19日 10時00分

 人格の尊重かつ陶冶、これは民主国の極めて重大な国基の一つであるのだ。

 そして公民教育は、重大な国基の一つと、応用人格教育の一つであるのだ。

一、視る者は目、見る者は脳、観る者は心。形態は影、空間が光。一所。
一、聞く者は耳、聴く者は脳、訊く者は心。音響は波、時間が方。一時。
一、識る者は脳、知る者は心、察る者は意。諸所で学び、適時に習おう!
二、物質と物体、そして自己組織化。熱運動に熱保存そして一定と循環。
二、自ずから働く事、自ずから動く物、自ずから代える系。反応に適応。
二、自ら知るのは初歩、自ら問うのは進歩、自ら学ぶのは躍進。道は徳。
三、殺傷の評価は害悪、殺傷の原因は必要不可欠、殺傷の結果は均衡化。
三、美食は動植物の死骸の巧妙な加工。採取に伐採、搾取に屠殺…暴力。
三、暴力もまた生命力の糧となるのだ。戦争もまた…時流の須要なのだ…
四、富貴栄華すらも、貧弱で卑であることが甚だ多いのだ。学ぼうね!
四、博学多才すらも、無知で不徳であることが甚だ多いのだ。愛そうね!
四、才徳兼備こそが、不利で受難であることが甚だ多いのだ。貫こうよ!
五、心身・自他・天地・虚実・死生。前者こそが本拠、後者こそが本場。
五、心を育み、自らを愛し、天を崇め、虚へ赴き、死を覚える、有道者。
五、誠心誠意、自主独立、至誠に敬虔、確乎不動、生を愛する、有徳者。
六、知られるのは無知が求める虚栄、知るのは疑問が求める質実と出発。
六、体は確かに動いているが、脳に大した働きは無く、心は我の暗君だ。
六、「私は私か?」という愚問と「そうではないよ」という名答が啓発。
七、身体に脳髄は物体、骨肉に心肺は物質、生理は物性、生と死は物理。
七、物理に物性を知らず、物質に物体を覚えない、故に無知な意的だ。
七、無知は一時の強力、恣意は限定的な成功に過ぎない。徳と自覚あれ。
八、祝福されるのは、この私ではなく、その協働、そしてあの徳の偉功。
八、叱責されるのは、その政ではなく、あの衆愚、そしてこの私の不徳。
八、信愛されるのは、その力ではなく、あの学道、そしてこの私の学徳。
九、国情は政治に基づき、国富は経済に基づき、国威は軍事に基づく定。
九、国運は天時に依存し、国勢は地勢に依存し、国風は気質に依存する。
九、国基が民徳であって、国政が民福を志して、国歩が格致日新であれ。
十、元首の仰ぎは天徳へ、政経の仰ぎは地徳へ、教学の仰ぎは人徳へと。
十、中庸を得て誠に図り、科学に工学を尊愛し、自律しては他愛する様。
十、上帝陛下の至上命令、大自然の摂理と最適化、自我と世界、知ろう!

 公民教育に人格教育を以て民主主義・自由主義・個人主義を護持するのだ。


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