1.心身を、知り、養い、鍛え、そして健やかに護持する、これこそが仁君の仁政、そして本当の道。
1:1.体育は、身体を育成しては、身体を強化して、身体を壮健にする教育であるのだ。負荷も疲労も、適度なものにせよ。名誉は末で、健康こそが本。試合ではなく労働こそが、本当の試練である。
1:2.脳髄を動かすも胴体を動かさない、これが、頭脳労働における偏見や倨傲等を生む。胴体を動かすも脳髄を働かせない。これが、肉体労働における愚見や低劣等を生む禍。誠に兼学するように。
1:3.仁術を以て生理を理解し、仁学を以てストレスを調節し、仁政を以て本能を鍛錬し、仁君に成って全身を主導し、仁者に成って外界に適応して善処する。仁道は、正に自尊心と自主管理である。
1:4.時には、疲れに痛みや苦しみ等を耐え忍ぶよりも、認め応じることの方が正しいのである。耐え忍ぶことが成長や強化に繋がるなら、そうせよ。だがそうでなければ、認め応じては、逃げ去れ。
1:5.鈍感過ぎず、敏感過ぎず、多感であり、深く実感し、学びつつ痛感し、正しい体感と正しい反応を持ち、感覚器官が正しく働き、神経が正しく伝え、脳が正しく知り、意識が正しく応じる内実。
1:6.気象に気温、地象に地勢、心象に心意、これらを正しく認識しては、これらに確りと適応して、これらに屈従しないようにし、体力を強め、精力を盛り、知力を高め、学力を深めて、意力を成せ。
1:7.体術とは、その末節は武術や護身術に行動力の方術等であり、その枝葉は飲食の方術であり、その根幹は健康作りという仁術であり、その根本義は、正に健在福徳の有る自己実現の完遂である。
1:8.五感を誠に鍛錬しては、我が身体に入って来る物を厳選と精選せよ。時には厳戒が極めて重要不可欠である。そして、時と場、物と事、情報と相手自体を、自ら正しく潔く取捨選択するように。
1:9.「感情」という脳内の化学反応の所産を、心内の克己復礼の驚異へと変えていくのだ。物質に因る事象が学習に由る事象へと変わる時、それこそが、生命体としての成長と人としての進歩だ。
1:10.「知識」という脳内の機械的反応の所産を、心内の博学審問の驚異へと変えていくのだ。確かに、生命体もまた機械的な物体だ。だが、自制に自省、自敬に自律、これらは正に有機体の特色。
1:11.「体育会系」には、何が欠如しており、そして何を以て補完していくだろうか?誠に、その礼譲に実情あれ、その関係に公明正大あれ、その集団意識に自立心あれ、その強勢に知恵多くあれ。
1:12.「頭脳派」には、何が欠如しており、そして何を以て補完していくだろうか?誠に、無知の知あれ、博識の罠の打破あれ、博学の欠点の認識あれ、名望の虚構を見抜け、己の至らぬ点を知れ。
1:13.時には、運動こそが、頭脳の休養と血気の全快となるのだ。座り続けること勿れ、まずは立ち、やがて歩き、そして走ろうではないか!今は知恵よりも、まずは血流を確りと良く回そうよ!
1:14.気は与えつつも奪っていく力。若さは確かに強みであり、美しさも確かに有利である。しかし、本当に自得できる大事なことは、強さを以て老いることであり、美しく失っていくことである。
1:15.我が体は感じるだけであり、我が脳は識るだけであり、我が意識は知るだけである。感覚は入門の如くであり、知覚は整理の如くであり、自覚こそが精査と選択の如く。学ぶ者は意志だ。
1:16.体外の影響を軽視すること勿れ、体内の実情を無視すること勿れ、体力の限界を蔑視すること勿れ。体質の特徴を重視し、そして熱誠に、自ら体質改善と意識改革を実践躬行し続けるのだ。
1:17.不変の限界と不可能は在る、誤った主知主義で違えるな。真実は真実、事実は事実、現実は現実だ、誤った主情主義で狂うな。環境の影響は極めて甚大だ、誤った主意主義に惑わされるな。
1:18.疲弊に激痛や辛苦、快楽に恍惚や多幸感、多大な激しいストレスに感情、極端な思考や行動、貪婪、いつまでも続く無欲に脱力感や無力感、猛省してこれらを超克しなければ、我は病身と無心。
1:19.美味は他の動植物の死骸を加工しては調理した所産に対する感覚だ。誠に食育に努め励んで、道徳心を以て慎み、節度を以て摂取し、無駄なく購買と調理を、礼義を以て片付と洗浄を遂行せよ。
1:20.天を崇拝し、祖先達に先哲達や先人達を謹んで追慕し、動植物の死を謹んで再認識し、万物の連環を学び直し、我が実在を自ら確立し、我が心身を内観し、保健して、仁を誠に学び行うのだ。
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