宝鑑

第Ⅱ章:心;0

0.超自然と大自然に道・能量(エネルギ)()物質に理・運動と現象に気・心神と脳髄に性・文化と文明に自意識。

0:1.先験的な意識は、内向的な知性の傑作、根本的な気性の佳品、哲学的な理性の偉業。虚無を知り、空虚に気付き、極点を理解すれば、感覚質が(ただ)しく生り、現象的意識が正しく為り、徳が成る。

0:2.物を(ただ)せば、知が現実と一致し、知を現実と一致させれば、物が(ただ)しく成り、知を極点に致せば、物は気に(いた)り、物が理に(いた)れば、知は極致に達する。実在論・観念論・認識論・存在論を(つな)げ。

0:3.物質を改めて深く認識し、物性を更に研究し、物理をより一層解明し、物体を正しく改造する。全く以て、自ら働いては、諸々を働かせて、自身に働き掛けて学び続ける意志こそが、主にして道。

0:4.真理即ち道を知るのも、(アッラー)を知るのも、存在自体の本質を知るのも、不変の変化即ち道を知るのも、永遠不変の不可知。そもそも知自体が、所詮は仮であり、また影であり、そして幻だ。

0:5.道は真に知れないが、誠に知れる。無知の知を自得しては高度化と深化させ、変化に適応しては主体的で創造的に成るのだ。「(アッラー)」も名詞に過ぎず、存在自体の他に何も無い。学ぶのだ。

0:6.この道はまだ非道、その道はずっと無道、あの道は真に道だがやはり不道だ。あの道を窮めてこの道を修理し、その道を反面教師としてこの道を修正し、この道を創造しつつ「何の道」を悟れ。

0:7.(アッラー)の御命令を知るのは支点の創造、(アッラー)の厳命を知るのは作用点の創造、(アッラー)の至上命令を知るのは力点の創造。立志が道の開始、至誠が創造を持続へと、生涯学習が持続を貫徹へと変える。

0:8.我が統治者を、身体と外物ではなく、知徳の有る意識に、我が支配者を、脳髄とその物質的な本能ではなく、学徳の有る精神に、我が指導者を、心の機・理・性・気ではなく、中庸の徳にせよ。

0:9.言語と概念に意識は径で、社交と渡世に利己が捷径(しょう)。交流と関係に互恵は路で、修飾と面白さに悪知恵が要路。博学と博識に実利は途で、功業と偉業に巨富が方途。道への道は有徳な生涯学習。

0:10.有徳者にして人格者の生涯学習は、道を摸倣する道であり、道への道であり、不道である道を道にする道であり、非道を有道へと変え、無道の内で適応と暗躍しつつその外から働き掛ける道。

0:11.文化以前に文明が、文明以前に意識が、意識以前に物質が、物質以前に能量が、能量以前に陰陽が、陰陽以前に太極が、太極以前に無極が、無極の深奥に(アッラー)への道が在る。実に至り深し!

0:12.一元は真であり、多元は実であり、無元こそが真実である。元気は能量の実力を成す根源的な原動力、元素は物質の実在を成す根源的な要素、元徳は自我とその実存を生成する不知なる先知。

0:13.「作用反作用の法則」という定律を学び知っては、「相互作用に相互依存」という他律を解き明かし、「自身を知り、自身に克ち、自身を律する。」という自律を創り出すのだ。虚しく実れ。

0:14.帰宅は実に素晴らしい、その後に休みと安らぎ、そして自分らしさがあれば。帰服は実に尊い、その続きに(つな)がりと報い、そして公私の両立・均衡・調和があれば。帰らぬ旅もまた実は善美。

0:15.「我は何者でも無い!」という抜本的な批判、「我は誰なのだ?」という根本的な懐疑、「我は有るが、無くて、在るだけだ!」という超越的な自覚。「我は我だ」という実証的な自律を成せ。

0:16.身は物質の転化・交代・構成を有した空間・量・形、心は能量の一定化・複雑化・多様化が有る時間・質・核。力者は素、知者は初心者、学習者が所有者、有徳者が改革者、人格者が実力者。

0:17.「我は何者か?我は生きており、知っており、まだ続く。続きは学だ!」、これが外向的な自問自答で、「我は何者か?我は何者でも無く、一者・一物・一事・一時。」これが内向的な自問自答。

0:18.「現実」という一元的な空間と一方的な時間と、「心」という多元的な空間と多方に亘る時間。不可逆的な有限に減少と損失の中で、可逆的な創造に確保と護持を成し、そして承継と遺伝を成せ。

0:19.フルシーヤ。存在自体を再認識し、誠に驚嘆しては、誠に感激して、誠に志学し、貫徹せよ。

0:20.フトゥッワ。社会性を強靭な知性に、主体性を自由な心性に、恒常性を有徳な理性に革め(あらた)よ。


開物成務をもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメントを残す