4.体に実践と経験が客観的で現実的な知識かつ基点で、心に思弁と理論が根本的な知識かつ起点。
4:1.万物と万事の再度の一体化が大自然の道の終極で、これを「帰一」と言う。身体と心神の本当の連携が大自然の中の創造的で主体的な道で、これを「再統一」と言う。前者を学んで後者を成せ。
4:2.無知が原始であり、浅知が開始であり、感知は具有であり、認知は開明であり、察知は展開であり、承知は成長であり、熟知は進歩である。そして無知の知が到達であり、不知なる知こそが道。
4:3.良知から学び始め、故知を学び修め、世知を学び得、機知を学び行い、才知を発揮し、理知を大成し、英知を創造し、奇知を敢行し、知恵の進出で蔓延した大偽を根絶して、智徳俊英に成れ。
4:4.知識は原始的で基本的な化学反応、智識は経験的で作為的な意識、知恵は自然的で守備的な仮定、智恵は建設的で攻撃的な確定、智慧は無知の知の深化、叡智は超絶した誠、上知は帰還と再起。
4:5.文明人だけはなく文化人でもあれ、公人だけではなく私人でもあれ、世人だけではなく個人でもあれ、知識人だけはなく自由人でもあれ、善人だけではなく賢人でもあれ、そして、徳人であれ。
4:6.知識の不足に欠如や皆無で、狂喜・享楽・巨富・特恵そして腐敗堕落を、疲弊・激痛・万苦・徒労そして多事多難を、成す。忠愛多忙・礼義多責・仁知多病だが、徳政多福と徳教万福もある。
4:7.教育者が言行一致・知行合一・名実一体の有徳な人格者であれば、その者は、学習者の抜本的な起点かつ持続的な基点と成り、そして学習者の有徳な人格が、主体的な基点かつ創造的な起点。
4:8.知を偽り・欺き・騙し・病・害にすること勿れ。知をずっと素のままにすること勿れ、確かめては、直して、革めよ。知を飾りばかりにすること勿れ、我が生・我が意・我が道を確立するのだ。
4:9.知命が適時の到来を、知己が適所の完成を、知遇が適性の発揮を、知徳が適材の活躍を、十分に可能にし、そして、適正な報酬・熱誠な選定・有徳な人格・精確な教育が、十二分に可能にする。
4:10.力者は小者や偽者、智者は識者や巧者、知者は勝者や治者。「知は力なり」は、偉大な寸言だ。だが、知力は小さい上に虚偽で、意力は未熟な上に未達だ。学力こそが偉力で道。克己に自律が道。
4:11.知らず知らずに徳に遵う、これが誠に自得しては誠に熟達し続けた神技。識らず識らずに道に順う、これが誠に超越しては誠に帰還した入神。学ばず学ばずに天に従う、これもまた、学道。
4:12.天の道に追随しては天の御命令に付随し、随想しては随筆し、随時に随意に自決し、死の確実性に随従しては気の生殺与奪に随行する。これを善美と盛徳大業へと変えるのが中庸。至難だ。
4:13.愛の無い知は枚挙に遑がない。しかし、愛には必ずや知が有り、そして、その知が行も有れば、愛の遂行である。知っては、行って、これを繰り返し続け、更には誠に至れば、純愛が生る。
4:14.「知った」という確実な形式と不備な内容、「知っている」という至急の外向と無関心な内向、「知らなくてもいい」という極稀な正論と日常的な愚論。懐疑心・批判的思考・志学を成し遂げよ。
4:15.誰が我であろうか?もちろん、あれは妄想にして幻想だ。でも、それも仮面そして仮装に過ぎない。そして、これも本当は所定そして仮定に過ぎない。虚・空・道を誠に知るが、最初の我だ。
4:16.有しては無を、賢く成っては愚かさを、善く成っては悪さを、正しく成っては誤りを、健やかに成っては病を、美しく成っては醜さを、肯んじては否みを、学び知っては容れ、そして革めよ。
4:17.重度の疲弊と極度のストレスによる感覚・神経・脳・心機等の麻痺、強制的な経験と欺瞞的な功利よる認識・判断・心理・精神等の発病、徳を以て、厳戒しては、厳選して、厳正に善処せよ。
4:18.仁知を以て包容に寛容や容赦を実行し、知勇を以て新進に躍進や猛進を敢行し、知謀を以て保身に名利や功罪を自得し、知命を以て超俗と還俗を成し、知徳を以て自省に克己や孤高を遂げよ。
4:19.全く以て、最初から、根本的に、誤り続けては、不足や欠如あるいは過剰や不必要であり続けて、知らないという本質的な事実すらも知らなかった。この宿命・悲運・回帰を知って猛省せよ。
4:20.知を拒んでは富を追い求め続ける物欲や、知を絶って美を貪り得続ける性欲…誠に窮理せよ。知を棄てては名を挙げ続ける承認欲や、知を歪めて力を振り翳し続ける権力欲…誠に徳性滋養せよ。
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