宝鑑

第Ⅱ章:心;5

5.何も無い、我が思考自体と存在以外。あらゆる全ては全く以て疑わしい。篤信・忠信・誠信あれ。

5:1.自学と自習し続ければ自信が生じ、自発的で自主的であり続ければ自信が育ち、自覚と自決を続ければ自信が長じ、自明と自由であり続ければ自信が成り、自愛と自律を続ければ自信が強まる。

5:2.意識を高め、知識を確かめ、認識を深めて、偽れないように。感情を統御し、情報を収集し、理解を確立して、騙されないように。自ら復習し、早く予習し、深く補習して、欺かれないように。

5:3.多種多様な物が適量な上に良質、様々な事が困難だが有意義、多様な者達が健やかに育まれては安らかに殺され、多様な人達が組織的で協力的かつ個人的で主体的、これが健全な経済的合理性。

5:4.創造しては成した生命力「魂」と、理想を追求しては現実で試行錯誤した神通力「仁」を以て、(アッラー)の御許へと留学しては、至誠を以て拝謁して、至上にして不生と至仁にして不仁を、誠に悟れ。

5:5.迷信は自然な不運や被害等。盲信は利己的で受動的な盲従、篤信は非現実的だが実践的な帰依。妄信は知的だが病的な才知、忠信は健全な利己と熱誠な利他。狂信は死への悪徳、誠信は生の補完。

5:6.幻・(アッラー)・運命・衆愚・死に、助け・恵み・赦し・救いを懇願し続ける病弊と、その数多の成敗を洞察しては、自信を以て自学自習と自助努力して、志を貫き、道に徹し、徳を成して誠に遺せ。

5:7.誠に知るからこそ深く疑い、誠に愛するからこそ深く信じる。その深い疑心は、正誤のいずれにせよ、至誠なる求知心に成り、その深い信心は、成敗のいずれにせよ、至誠なる克己心に成る。

5:8.知ったならば、進んで好み始め、好み続けたら、深めて苦しみ始め、苦しみ続けたら、得て楽しみ始め、得続けたら、究めて否み始め、否み続けたら、至って悟り、悟ったら、(がえ)んじて続けよ。

5:9.有意義な多忙と実績の確立そして適正な報酬が、信用を成功させ、数多の経験値と高度な習熟度そして徹底した教育が、信任を成功させ、精勤と忠勤そして全面的な保障が、信頼を成功させる。

5:10.員数の確保ではなく指導力の確立を、利益の保持ではなく公平な分配を、損失の粉飾ではなく反省の完遂を、効果的な修辞ではなく有効的な試行を、富貴利達ではなく廉恥功名を、成すのだ。

5:11.確信も所詮は仮定に過ぎない。それが実は誤信であるか、それともやはり正解かは、既定の事。道は自学と自習、自制と自省、自立と自律、自修と自得、自戒と自警、自敬と自決を続ける事。

5:12.灼熱(しゃく)の信念も、灼灼たる信望も、その成れの果ては、真実に激突しては儚く粉砕し、虚しさと空しさへと還元する。行き着くところは死去、その後は忘却、その後々は埋没。熟慮断行を成せ。

5:13.大風を浴びて勢いと儚さを、大山を観て絡みと続きを、大川を観て(つな)がりと繰り返しを、大海を観て流れと働きを、大地を観て含みと深さを、大空を観て虚しさと空しさを、悟る大人に成れ。

5:14.信愛は、功労・功利・功名とそれらに対する報酬と称賛ではなく、功徳とそれに対する報徳で成立する。慈親とその家訓・恩師とその教訓・紳商とその処世訓・仁君とその()訓を学修せよ。

5:15.交わし合うのは、語り合うのに及ばず、語り合うのは通じ合うのに及ばず、通じ合うのは分かり合うのに及ばず、分かり合うのは学び合うのに遥か及ばず、共学・向学・苦学・志学こそが道。

5:16.「信義誠実の原則を遂行と貫徹し、なおかつ、敬教勧学の根本義を確立と体現する。」という、崇高な義務にして高(まい)な悦楽を、誠に自任しては自得して、社会貢献と自己実現を成し遂げるのだ。

5:17.「病的な無徳」という自然的な悪運・「根本的な無知」という致命的な欠陥・「実際的な無学」という決定的な虚弱・「意図的な無知」という自滅的な自縄自縛…志学しては臨機応変に渡世せよ。

5:18.処世しては自助努力を決行し、警世しては進退両難を打開し、(とん)世しても志を懐き続け、出世しても厳戒と自粛を適切に続行し、救世しては謙虚に熱誠に学び続け、経世しては徳望家に成れ。

5:19.(アッラー)を信仰しては、帰依して、崇拝するのだ、誠に。無欲で有志であるのが信仰、最悪を覚悟しつつ最善を尽くしながら自助努力し続けるのが帰依、仮死と新生が崇拝、そして生涯学習が至誠。

5:20.誠に愛するという稀な道徳・善美・苦痛を学究的に貫徹せよ。誠に愛されるという極めて稀な幸運・至福・幸甚の至りを広汎に亘って善用せよ。誠に愛し合うという滅多に無い誠信を遂げよ。


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