宝鑑

第Ⅲ章:物質;2

2.既定の時・定律の極致・物質の活性化能量(エネルギ)()充足、この三つで道が生じ、理が現れ、宜が成る。

2:1.道は至極の真実で、理は、至極の真実の一部を享有しては、有力な無力と成って、世界を成立させ、そして自ずと然ら有り。理を尽くし、誠を尽くし、善を尽くし、美を尽くし、力を尽くせ。

2:2.義に務めれば、敬遠されては、嫌悪されて、否定され、そして排撃されては失敗する。それでも(なお)、義に務め続ければ、仁義に慈悲深さ、礼義に忍耐強さ、信義に明智、忠義に自敬が確立する。

2:3.道理を窮めては、正義感を鍛えて、道義心を確立し、また、事理に即しては、義務感を立てて、義侠心を洗練し、そして徳・誠・忍を以て、(アッラー)の御命令を革め(あらた)て、無知(もう)昧に、教学を勧奨せよ。

2:4.永遠不変の超自然である(アッラー)と、神妙入微なる大自然である定律の間の門そして理気、時間を有する時無き空であり、そして空間を有する空間無き虚でもある定律。義に囚われずに、義()(かさ)()

2:5.物質の充足は好ましい事、そして不足の兆前。高度で優秀な上に多様な利便性の実現は望ましい事、そして退化の兆前。躍動する形勢と隆盛な情勢は喜ばしい事、そして大難の兆前。厳戒せよ。

2:6.仁知、義がこの偉者達を偉者達たらしめる。慈に忍耐強さや力強さも有り、愛に厳しさや正しさも有り、知識に決断力や実行力も有り、智()に義勇も有り、そして仁と知が正真正銘の徳に成る。

2:7.根本悪の原形は生命の本能であるが、その原型は価値判断である。諸善の根源、そして諸悪の根源は、正に他ならぬ(アッラー)である。しかしやはり価値判断が元型。価値観の再構こそが正に根本義。

2:8.極めて自然であり、本能的であり、当然至極である、無知蒙昧なる個人的無意識は、正に宿命にして悲運。だがその延長・蓄積・継続である集合的無意識は非運で非命だ。社会変革に挑戦せよ。

2:9.日常に遍在する、変わらない形容に安逸、変わらない形態に依存、変わらない形式に惑溺すること(なか)れ。日に新たに多く知り、日々に新たに深く知り、また日に新たに()く知り、自己変革せよ。

2:10.古来の箴言に「目は両視せずして明らかに耳は両聴せずして聡し」とある。修道しては二元を体得する上に両者を超克して、窮理しつつ一元へと至り、そして修徳と積徳しつつ多元を窮めよ。

2:11.古来の箴言に「目はその(まつ)()見る能わず」とある。これは真実を言い表した言葉である。だが鏡の存在がこの言葉を変えた。言語と概念はその意味を意味付けられない。意味付けるのは徳だ。

2:12.成語に「目は口ほどに物を言う」とある。この言葉は、正に文明社会の表現であり、また物質界を再認識させる寸鉄である。「徳は力よりも事を成す」、これこそが、文化人の開悟そして立志。

2:13.成語に「目は心の鏡」とあり、古来の格言に「中に誠あれば外に(あら)わる」とある。言語も概念も、行儀も作法も、秩序も法令も、体制も制度も、実行も実績も、過程に過ぎない。誠こそが道。

2:14.物理を深く究めては、物性を応用しつつ調べて、物量を合理的に調整し続ければ、形勢を改正できる。誠に(けい)古しては、確りと即物的に自覚して、誠実な予見を成せば、情勢を改善できる。

2:15.自分の生前、環境の過去、地球の歴史、宇宙の太初を誠に知ろうと学び続ければ、自敬が確立する。それを以て、自分の死後と(アッラー)の御命令、そして後世の福徳を想いつつ誠に奮励努力せよ。

2:16.物を言うのは、身体並びに脳であり、物を言わせるのは、集合的無意識並びに個人的無意識である。権力も財力も名誉も利益も関係()(らわ)()、人欲の措定で成立した実効にして虚構に過ぎない。

2:17.(つな)がりそして続きの儚さ・物質そして空間の虚しさ・能量(エネルギ)()して時間の空しさ…ああ、「物の哀れ」だなあ!全く、「気の中の気、全ては気」だ!そう、「有るが無い、在るけれど無い」のだ!

2:18.喜ぶよりも怒る方が善い場合も決して少なくない。確かに極めて危ういが、誠に勇んで義に務めると決行したならば、そうせよ。深く哀しむのは仁の極みで、大いに楽しむのも仁の至りだ!

2:19.知る必要が無いのは、確かに極めて多い。だが、小義は自身で深く知る事であり、中義は自ら確りと問う事であり、大義は自ずと誠に学ぶ事である。義務が強さ・誇り・幸せに成るのが道。

2:20.全く以て、(アッラー)とその御命令は、不言で至大至剛、不知で至微至妙、不生で至大至重、不心で至公至平、不明で至高至理。謹言慎行・思索生知・生気溌溂(はつらつ)・苦心惨(たん)・英明(かっ)達を成し遂げよ。


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