宝鑑

第Ⅲ章:物質;3

3.理に合い、気が有り、性が活き、質が実り()(たら)()熟し、量が調い、形が整って、力量と道が成る。

3:1.調えては真っ直ぐに成るのが内向的な礼の働きで、整えては和らげるのが、外向的な礼の働き。(アッラー)そして自分自身に対して真正直に成っては、環境そして現実世界に対しても調和的に成るのだ。

3:2.極めて高い強度や硬度を有した美形・極めて複雑だが多様性の有る美談・極めて複雑多岐で実に和而不同である美観・極めて健康的な上に学究的な美感。この四つの美が美化を美化たらしめる。

3:3.無機物と有機物の違いは炭素が無いか有るか。機械論と生気論の違いは真実の観想か現実の建設か。有機体論と独我論の違いは自律が外向的か内向的か。兼学して熱量・熱意・熱愛を成すのだ。

3:4.力は物事であって物ではなく、そして、力自体に質はほぼ無く、そのほとんどは量に過ぎない。核は事物であって事ではなく、そして、核自体に量はほぼ無く、そのほとんどは質に過ぎない。

3:5.静があってこそ、形が確定し、形が完成し、形が連係する。動があってこそ、働きが活発に生り、動きが有効に為り、続きが創造的に成る。重力を再認識しては、静力を深めて、動力を強めよ。

3:6.弱くなっていく中で、強く成れ。失われていく中で、確りと得よ。壊れていく中で、自ら創れ。病んでいく中で、健やかに()て。悪くなっていく中で、美しく善く遂げよ。徳に徹しつつ志を貫け。

3:7.熱量の大小は、定律に因り、熱量の得失は修徳に拠り、熱意の成敗は(アッラー)の時に依り、熱愛の虚実は積徳に縁り、熱望の真偽は民徳に由る。道に()って有徳者に成れば、民徳はそれに善く(よそ)る。

3:8.事物の確実性を実証しては確言し、物事の真実性を証明しては明言し、変化の必然性を断定を断言し、(アッラー)の至上命令を確守しては、定律が成す因果を受容して、志操堅固を以て熟慮断行せよ。

3:9.物を創造と破壊するのは物であるが、これは表層に過ぎない。その実相は、部分的な量の変化、その深層は、質の最終的な自尽、その深層は、性の致命と気への還元、その真相は、変化の一片。

3:10.一体なぜ何も無いのではなく、何かが在るのか!?…対を絶っては、一に至って、全を回れ。真円が完成しては、中心が消滅して、自存が循環し続ける…だがこれすらも道の一部分に過ぎない。

3:11.真は真であるが、善は虚であり、美は偽である。だから、知もまた虚であり、学もまた偽である。そして、物質は虚であり、現象は空であり、変化こそが実である。さればこそ、誠こそが道。

3:12.均衡は万物の極み、調和は万事の至り、最適は変化の神格。中とは(アッラー)とあらゆる世界の間の玄門。庸とは諸徳の登庸、そして、秀逸・傑出・超越しつつも凡庸に成る道。中庸は超個体の至徳。

3:13.鏡を見ては「其方は誰だ?」と自問し、鑑を観ては「己は何者に成ろうか?」と自問し、世を視て「私は何者でも無い」と自答し、我を診ては「私は病人だ」と自答し、病を看て道を修めよ。

3:14.観念を抜本的に転回させ続けよ、創造的な精神よ!頭脳を熱誠に回転させ続けよ、至誠なる問題意識よ!深く回想しては、大いに回覧して、確りと回答し、そして(アッラー)へと誠に善く回帰せよ。

3:15.分化し、やがて大いに複雑化しては、そして一気に多様化しては、遂には進歩的でありつつも破壊的に激化し続ける中で、自ら自身を、持続的に徳化し、断続的に純化し、日常的に浄化せよ。

3:16.礼を学習して自身の未満・未熟・未達を自覚し、礼を学修して自身の無知・不徳・非力を自認し、礼を自得して謙虚に立身し、礼に熟達して孤高に出世し、礼を極めて超俗と還俗を遂げる。

3:17.外界の広さとその複雑性に多様性を改めて深く再認識しては、内界の深さとその宿命に神秘をより一層深く究明して、物界で闘争・解放・再起を成しつつ、心界で独立・自由・幸福を遂げよ。

3:18.礼で、大喜びを、区切っては、確かめて、清め、激怒を、制しては、鎮めて、活かし、悲観を、勇気付けて、動機付けて、意味付けし、快楽を、禁圧しては、蓄積して、躍動させよ、自然に。

3:19.礼の始まりにして初学は、作為人造の産物であり、礼の変わり目は、一に誠心誠意の有無、二に定律の認識の有無、三に(アッラー)からの御命令、礼の完成にして終わりは、自主独立と無為自然。

3:20.(アッラー)の至上命令を死守しつつ既定を革め(あらた)(アッラー)の厳命を遂行しつつ志を貫徹し、(アッラー)の特命を拝受しつつ自己を実現し、(アッラー)の使命を確保しつつ人格教育と生涯学習を孤高に成し遂げるのだ。


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