0.能う質ではなく能う量、それが能量。その質は原動力、その性は気、その初動は玄門から生った。
0:1.一道に因って回転し続けながら、遍く回収し続けては、既にまた常にそして変わらずに回帰し続ける筋道。これが能量の本質で、その本質は二元とその対立、その本性は一元とその円い一道。
0:2.物理量を測定して、科学的・客観的・体系的な理論を立て、工業量を実測して、組織的・計画的・実用的な実施を成し、感覚量を観測して、生理的・経験的・感覚的・直感的な習熟を補完せよ。
0:3.「量的」とは、「原始的」そして「静的な動態からの開始や再開」で、「質的」とは、「根本的」そして「動的な静態への進展や集中」である。故に計量が起点と基点で、質実剛健が極点と終点だ。
0:4.質を良化しては、物を活性化して、働きを強化し、そして熱量を確保し続けつつ、虚静に成れ。量を調節しては、事を調整して、動きを美化し、そして性質を自ら再認識し続けつつ、実績を成せ。
0:5.量は、動かし続けなくても、やがて自ずと動き始め、そして長らく動き続ければ、もはやほとんど動かせなくなる。自ら質に働き掛ける事自体が、こちらがそれに働き掛けられているという事。
0:6.万物の終点も、万事の終極も、全く以て同然であり、未然もまた、既定された変化と恒常の回帰であり、自壊は当然、消滅は必然、虚無が本然で、全く以て、在りと有らゆる全ては、空である。
0:7.何所にも向かわず、そして何時でも続く。所も時も、無い。存在自体とその唯一無二の絶対的な永遠不変ぶりの真正な仮名は「道」、そして、真理即ち道は、状態の無い純粋な完全名詞の如く。
0:8.運動の理は一元即ち「一道に因る円い一筋」、その気は二元即ち「陰陽の相互作用」、その性は三元即ち「永続的で受動的な変動・断続的で不完全な静止・平衡」、その質は多元、その量は恒常。
0:9.万有引力に因って万物が根本的に連関し、そしてそれに依って万事が系統的に成立する。斥力に因って時空が創造的に永続し、重力に依って、質量が実存しては、形体が実在して、個別が成る。
0:10.道は本来、一道に因る円い一筋であり、徳は元来、上質だが微量で、また極めて内向的だが確かに外向的、そして自存しつつ広範囲に亘る深奥な働き掛けを遂げ続ける、高純度の能量である。
0:11.境界が確立し、そして中核も完成してこそ、内外が確定する、これが物質とその形成の至り。運動が激変し、そして分化が激増してこそ、最適化が開始する、これが能量とその効力の極み。
0:12.これを活かしては、それに応じて、あれへと進み、どれにも引き寄せられず、何も引き寄せず、自壊しつつも自存する。これこそが、天の道の自得・定律の力の自用・自体の自律に、自由。
0:13.物体に深入りしては、物質に辿り着って、物性までに溶け込み至り、そして遂には物理へと奥行く、これが、気を自得しては、自用して、自律した能量の極みであり、そして神徳である。
0:14.流動から自動へと事態が急変する、その原因は「長期に及ぶ甚大な運動量とその静止」。運転から自転へと自体が変異する、その理由は「自己組織化と内的な秩序と外的な影響力の自然発生」。
0:15.生物は元来無生物であり、そして無生物から着実に自然発生していった。だが無生物から生物を科学的・工学的・直接的に生成するのは困難であること、極まり無い。天はより偉大なり!
0:16.「偉大だ!」という称賛が、肉体的や実利的に利己的ではなく、精神的や審美的に利他的であるようにし、また「永遠偉大!」という天への絶賛が、病的ではなく学究的であるようにせよ。
0:17.能量が静的な静態の中で余剰し続ければ、気がそれを一気に奪取した瞬間に、また能量が動的な動態の中で欠乏し続ければ、気がそれを一気に注入した瞬間も、事物は自壊する。調節が要点。
0:18.静的な動態が発生に開始や再開の直前であり、動的な動態が発生に開始や再開であり、動的な静態が進展や集中の真っ盛りであり、静的な静態が終焉なおかつ遺伝である。道を観て道を創れ。
0:19.フルシーヤ。大自然は道だが道で非ず、現実は道無き道。道を修めて、道を創り、道と成れ。
0:20.フトゥッワ。続きに続く続きであるのは宿命と時、続きを続ける続きに成るのが徳とその道。
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