宝鑑

第Ⅵ章:時間;0

0.確かに在るが実は無く、本当は無いがやはり在る。限りは真に在り、存在に限りは無し。有は意。

0:1.存在の形式を「空間」と言い、存在の内容を「時間」と言い、存在の根源にして原理を「(アッラー)」と言う。あらゆる全ての世界に対する「根源」、そしてそうでありつつ真理に対する「原理」…道。

0:2.あらゆる全ての世界を創造した創造者。ならば何者がその創造者を創造したのだ?その創造者は何を以て何をどう創造したのだ?過去と未来は実在するのか?現在は常に在りつつも直ぐ消える。

0:3.永遠偉大なる一者に至誠なる崇拝と絶賛あれ!永遠なる一は、常に常しえに自ずと存え(ながら)てはあらゆる全ての状態を(たも)つ。真理の比喩的に表現した言葉と数字に図解は正に他ならぬ道と(ぜろ)に真円。

0:4.変わっていくのに変わらない。変わらずに変わり続ける。「在る」という絶対で唯一無二の道。ああ、一体なぜ何かが常に常しえに在り続けのだ!?皆無こそが皆無。道の道は、遍在(かつ)常在する。

0:5.深意の有る孤独に深化した安眠と深愛のある自然死は、真理に極めて近い静態。自主独立に初志貫徹と自己実現、これらが(アッラー)に極めて近い動態。そして生涯学習は(アッラー)並びに真理に至近の道。

0:6.「理解」とは「下と中と奥に直立する」及び「分かる」並びに「『過去』という永遠不変・『現在』という一瞬一瞬・『未来』という確かに無いが実は常に既に在る一元的な多元、を自然と知る。」

0:7.現実は実に多元で、現象に事象と事実に事物もまたそうでる。「現実的に成れ」とは即ち「多元的に成る」である。だが、大自然は実は一元、時間は多元的な一元、相互作用は一元的な多元。

0:8.学徳を以て意識を高め、善美を以て意識を深め、知っては問うて前意識を後押し、問うては学んで下意識を押し上げ、明らかにしては確かめて心理を解し、自律と主体性を以て精神を冒険せよ。

0:9.「時間」という言語並びに概念を創造しては、措定して、確定した者は「本能的で知的、そして客観的で計画的、そして理知的ながらも感覚的な明智」。上知よ、「時間」という内容を窮めよ!

0:10.事実そして真実は、やはり絶対であり、また結局のところ唯一無二であり、そしてどうであれ一方的で不可逆である。心そして核は、多様で相対である上に複雑多岐、そして可逆。生は謎だ。

0:11.「時間が解決してくれる」という言葉は、大きな()弁であると同時に悲しい正言。自然(とう)()に自然消滅、そして連鎖と循環…決断に決行と断行に果断は、自律した潔い取捨選択の知行合一だ。

0:12.深思と情操の故に行為が止まり、高度な集中力と直感的で技術的な行為の故に思考が止まり、長期的な習慣の故に無意識に動き出し、情理を尽くす故に自然と働き出し、至誠である故に続く。

0:13.環境そして環境さらには因果関係を軽視や無視したり、誤解や曲解したり、忘却したり認識しない。これが、生命の知的な進化と同時に負う代償である致命的な退化である。進退両難である。

0:14.本当に分ければ確りと解り、確かに解ってこそ誠に判ることが出来る。故に「自分」と言う。道は分化に創発そして複雑化と多様化である。「自ずと分かる」が人間で、「自ら分かる」が大人物。

0:15.自然界という一体、そのほとんど全ては物質界であり、その中の極めて極々一部である現実界、そしてそれから脳並びに意識を有する生命として創り出す感性界が、最終的な起点にして基点。

0:16.引力に物質の集散と物体の縮張が空間を空間たらしめ、定律に一道に因ると能量(エネルギ)()流動に運動が時間を時間たらしめ、道徳善美そして人格陶冶と自己実現に生涯学習が生命を生命たらしめる。

0:17.音を聞くのではなく見る、これを「内なる虚像の打破と外なる実像の追究」と言い、光を見るのではなく聞く、これを「下の心の振動を鎮静して心の深奥へと深入りする入神の探究」と言う。

0:18.(アッラー)はそれを御望みに成られた!学ぶは即ち生きる。神はいない(アッラー)以外は…更に学ぶ、それが遂に生き始めるという事。(アッラー)はより偉大なり!常しえに学ぶ、それが誠に生き続けるという事。

0:19.フルシーヤ。純愛は、結局は続けられない上に続かない(さび)だが、誠に貫徹しては円熟する仁。

0:20.フトゥッワ。改めて(なお)()つ新たに学び直しては、以前にも増して学んで、より一層学ぶのだ。


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