2.私は天に赦しを請う?良心の呵責や罪悪感等を歪曲すること勿れ。至誠を以て猛省と贖罪しろ。
2:1.利己心は宿弊の中の宿弊、暴力は悪弊の中の悪弊、意図的な無知は通弊の中の通弊、現実逃避は積弊の中の積弊、快楽原則は流弊の中の流弊。現実原則と涅槃原則に信義誠実の原則を体現せよ。
2:2.簡略化しても信義誠実の原則を誠に遂行すれば、それは正に「抜本的な効率化」。簡素化しても誠に源清流清が持続すれば、それは正に「徹底的な能率化」。道義を以て内外を直截簡明にせよ。
2:3.自分勝手を根絶して多元及び多様を博学審問し、頑迷固陋を打破して二元及び対立を追根究底し、虚妄分別を克服して一元及び根源を半知半解し、物事の両極端を窮めて、その中間を応用せよ。
2:4.義の極みは宜しきであり、その至りは和であり、礼がその極みを、仁がその至りを、補完する。強力に意力が正義を正義たらしめ、知識に愛情が正義を是正し、猛省そして克己が義を道に変える。
2:5.全く以て、正真正銘で本物の大才・大器・大本は、晩成する。正真正銘とは「道理そして学徳に適う」、本物とは「事上磨錬そして深造自得に拠って出来上がった名実一体」。道を以て道を歩め。
2:6.潔く退くのは改めて正しく進む為。直ちに止まるのは新たに進む為。一旦止めるのは本当に続ける為。適当に壊すのは抜本的に創る為。深く確りと定めるのは、数多くはっきりと成し遂げる為。
2:7.精勤がむしろ嫌われ、忠勤が逆に退けられ、辛勤は忽然と、致命的な疲労困憊・多大な病的ストレス・正しい疎外感に孤独感、嫌悪感に倦怠感、絶望感に無力感、喪失感に虚無感を以て終わる。
2:8.中正な評定と方正な垂範・適正な報奨と厳正な懲罰・純正な念と公正な確定、是正と粛正の熟慮断行・自己批判の遂行・改過自新と発人深省の完遂、時覚-日省-週磨-月試-年啓。これらを成せ。
2:9.「綺麗事」、この言葉の含蓄ある両義を学び知れ。理想の実現と志の達成は事実上不可能、古来の並びに今後の幻想そして無駄事であり続けるだけだ。奮励努力は全て徒労に終わる。貫徹が道。
2:10.悪の本性は極めて一義的で、実に暴力的で病的な上に排他的で破壊的。一方、善の本性は実に両義性を有し、極めて包括的。極悪人も聖哲も道を学べるが、極悪人は悟れず、聖哲は誠に悟る。
2:11.希望は一時的な上に極僅かな達成に過ぎない。命を救えても心は救えず、心が救われても道は変わらない。全く以て、道は不道、そして天の御命令も不義。絶望しつつも、道義を貫徹せよ。
2:12.世俗的な愛の囁きは「ありのままの私を愛して」の如く、抜本的な愛の復習は「私は私に拠る私、そして私は死ぬまで変わらないと同時に自ら自身を変える者。」の如く。抜本と不抜を成せ。
2:13.利己心は正に生命の中心にして実質、利己的であるのは生命の必然的な性質、恒常性が在りつつもやはり無常であり、個我は確かに有るも本当は無我である、これが生命力の本質。修徳せよ。
2:14.多忙と激務に疲弊が、低度であれば悪い効率と能率に非合理、過度であれば深刻な疎外や重度の発病に数多の災難を齎し、高度であれば極めて生産的で創造的及び功罪相半ばする。適度あれ。
2:15.有徳であれば有意味が成り、名実相伴う。有道であれば有意義が成り、有頂天。至情は情で非ず且真情に愛情、至誠は誠で非ず且真意に自我。真情を以て意味を、真意を以て意義を創り出せ。
2:16.客観的に確実に存在し続けるも、意図的もしくは無意識にそれを認知しない、これを「至正」即ち「不正」つまり「不活性」と言い、その逆「自覚」即ち「実存」つまり「活性化」を成すのだ。
2:17.真に存在せずとも、思考を起点と基点とし、現実を最終的且根本的な基準とし、生の維持と死の回避を規準とし、生涯学習を規範とすれば、後に存在者は実在し、その意義も価値も実存する。
2:18.「永遠にさよなら…」という、永遠性を有した至正なる認識と、至誠なる決意、そして万苦を確りと負い続ける決行、つまり「純愛」…本当に、切なくて虚しく、そして、善くて美しい徳だ。
2:19.まず何よりも生き続けよ。そしてそれを自分の自力に拠る自分の為の人生にせよ。自律に自主管理、そして自学自習に自主独立を以て、至忠と至孝を成しつつ道を創造して完遂し、道を遺せ。
2:20.限界状況に対する両方を両得せよ。先方は「絶対に存在し、絶対に改変は不可能である真実を受容する事。」、後方は「改変の可能性を創り、改変を可能にし、改変する事。」。先は以前且以後。
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