宝鑑

第Ⅹ章:アッラー

1.フルシーヤとは、自律して自力で自身の為に生き続け、そして、誠に学び続ける生命活動である。

2.フトゥッワとは、初歩的でありつつも基本的な学習と、根本的で抜本的な熟達に、革新的な遺伝。

3:1.全く以て、(アッラー)から授かった才と病は表裏一体である。医術そして仁術を自修しては自得せよ。

3:2.確かに「知る」は常常の結果であるが、「問う」は稀、「学ぶ」は極稀。知を愛しては仁を学べ。

3:3.永遠不変なる一者と万()(かさ)()不動の動者である「(アッラー)」に臣従しつつ主導者として仁政を成せ。

3:4.(アッラー)が宿した気分と性分に職分は、本分ではない上に随分な命。道と徳を以て随分と努力せよ。

3:5.結局のところ、仁慈も仁愛も仁徳も、そして仁道も、儚く終わり、虚しくそして空しく化わる。

3:6.「人」、仁はこの字形を、「支え合う絆」、そして「(アッラー)の御命令に屈従しない学徳」と解釈する。

4:1.正しさを知るよりも先ずは正しく知って、正しく知るよりも先ずは心を正すように、義を以て。

4:2.苦しみばかりの義は強制そして形骸化の一途。理念そして主体性(オートノミー)さらに誇りの有る義は正に道。

4:3.義が含有した、強制は自発性を、抑制は自主性を、規制は個性を、統制は主体性を、善く育む。

4:4.意図的な無知という根本的な病根にして宿命的な宿敵に対する義戦こそが、正戦にして聖戦だ。

4:5.自己批判こそが正義の中の正義であり、自制しては自省して克己し、滅私奉公することが道義。

4:6.率先励行して滅私奉公を遂行しつつ、誠実に追随してくれる者達が享公潤私できるようにせよ。

5:1.好意と熱意、厚意と善意、誠意と敬意、謝意と謝意等を磨いては鍛え続けよ。意志こそが道だ。

5:2.「知って問うは礼なり」そして「知崇礼卑」と言われ続けている。礼儀正しさは即ち知的関心。

5:3.礼に始まり、徳に始めが終わり、学に続きが続き、礼に終わりが始まり、道に終わりが終わる。

5:4.礼を修得して誠に成り、礼を会得して善く成り、礼を体得して美しく成る、これが成人の学道。

5:5.礼事は公事であるが、徳を有すれば、それは私事でもあり、そして実は私事こそが大事である。

5:6.至誠を以て(アッラー)を崇拝しては、克己心を以て自我を革新して、礼儀作法を以て奉公と自敬せよ。

6:1.忘れること、誤ること、否むこと(なか)れ。智は小知を研磨した偉大な結実だが、小知に過ぎない。

6:2.悪徳とは、更に学んで智を創り出すも、途中で学ぶのを止めてしまった有徳者の自堕落の所産。

6:3.愚人達や凡人達が言う「知り過ぎない」は即ち「少な過ぎの方が好い」。知は生、生き続けよ。

6:4.知者である狂人や悪人もおり、道を学ぶ極悪人も智者であり、聖哲は上知も有る智者及び知者。

6:5.全く以て、「巧」は「妙」に遥か及ばない。絶巧棄利して虚往実帰せよ。「巧妙」とは「有無」。

6:6.知ったかぶりと意図的な無知を根絶するのだ。礼義を以て決行し、そして仁知を以て根治せよ。

7:1.大損しては巨利を得られ、忘失してしまっても補完してくれる、これが信託に価する者の功徳。

7:2.信じろ、自分自身を、自学自習そして自助努力を以て。信じられるように、諸徳に、有徳者よ。

7:3.人気者は実力者に遥か及ばず、実力者の中の実力者は徳望家で、その偉物は及ばない道に志す。

7:4.数多くの物凄い喜怒哀楽を負い続ける物知り、そして確りと応えては誠に成す信実な者に成れ。

7:5.(アッラー)への至誠なる信心は、抜本的な利他心、持続的な自制心と克己心に自尊心、純粋な求知心。

7:6.生命への畏敬とその尊愛、そして関係の確立に強化と持続、この二つが信義誠実の原則の大本。

8:1.視覚を大切にしつつ鍛錬せよ。現象や形体等に惑溺する事勿れ。現実の因果関係を見抜くのだ。

8:1.聴覚を大切にしつつ鍛錬せよ。私情や()意等に耽溺する事勿れ。現実の内容を知る意志を成せ。

8:2.嗅覚を大切にしつつ鍛錬せよ。「無いから無い」、と誤る事勿れ。補完しつつ新たに学び修めよ。

8:3.味覚を大切にしつつ鍛錬せよ。本能や感情等に流される事勿れ。物自体は不可知、無知を知れ。

8:4.触覚を大切にしつつ鍛錬せよ。本末や内外等を忘却する事勿れ。知性と理性そして悟性を磨け。

8:5.経験しては復習して熟知すれば直感が成る。予感は直感と洞察で、霊感は仁知の幻想的な直感。

9.中庸。(アッラー)に至誠なる絶賛あれ!多様性の中の統一に善美あれ!有徳な人格者の人生は生涯学習。


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