⒕「生き続けよ」という本能に潜在する生命力、そしてその生命力に宿っている天命。「天に命じられては、性に率いられて、欲に駆り立てられる我。」という自然と、「天を崇拝しては、性を転変させて、欲を主る徳」という超自然的な自然。だからこう言おう、「性即理」、そして「心即理」と。徳化こそが、活性化の中の活性化であり、本物の良化に強化や美化等は、それから持続的に生じては、実際的に為って、根本的に成る。求知心こそが、発心の中の発心であり、本物の良心に向学心や自尊心等は、それから哲学的に多様化しては、道徳的に深化して、美的に進化するものである。
⒖知的に活性化させれば多様化し、科学的に多様化させれば複雑化し、体系的に複雑化させれば一体化し、哲学的に一体化させれば窮理を誠に確りと始めることが出来、学道を以て窮理し続ければ深奥な単純化と深遠な純化を成すことが出来、学徳を以て性状を抜本的に改善と実質的に美化し続ければ、大自然に回帰しつつ、本物の自我とその正真正銘の自己実現を成すことが出来る。全く以て、人権ではなく人物こそが実物であり、大成功ではなく大人物こそが本物である。天賦自然と言語概念を峻別してこそ実力が付けることが出来、名利之境ではなく浩然之気こそが意力を成すのだ。
⒗運命を変えることは、実質的には不可能だが、形式的には可能である。死生がその最も代表的な不変の実例である。最高の先天性は知性であり、最善の先天性は徳性であり、いわゆる「天才」が、この両者に従属しなければ、天災に成り、従属し続ければ、天恵に成り、知的に洗練されて発揮されれば、天恵に成り、徳化されて知的に躍動すれば、天福に成り、利他的かつ学究的に進展すれば、天啓と成り、良心的そして抜本的に挑戦すれば、天罰と成り、処世術と忍術を修得しなければ、天誅と成り、最高の後天性「修徳」と最善の後天性「積徳」に師事しながら活躍すれば、天助に成る。
⒘「知る」が「行う」であるとは限らないが、「行う」という形式の実質は「知る」である。「知る」が「愛する」であるとは限らないが、「愛する」という動きの働きは「知る」である。「知る」が「学ぶ」であるとは限らないが、「学ぶ」という事柄の要素は「知る」である。生命の起源並びに存続は水に依存し続けているように、脳の在る生命体の自我の起源並びに存続は知に依存し続ける。これ故に、総じて政治に元首、経済に宣伝、社会に教育、組織に上層、宗教に教祖は、数多くの精確な知識とそれらを真正直に公開する熱誠な知識人達を嫌悪しては、排撃して、封殺するのである。
⒙核心をつく抜本的な知識が「無知の知」であり、生命力を主る抜本的な知識が「己自身を知る己の知」であり、真理に最も近い哲学的な知識が「存在自体に対する再認識とその知」であり、真実に最も近い科学的な知識が「不可知を知る知者の知」である。「三人寄れば文殊の知恵」と言われているように、主知主義・主情主義・主意主義を兼学しては兼備して、精確と懐疑に知行合一を成し、耽美と慈善に相思相愛を遂げ、合目的と無目的に無為自然を為し、そして「三者揃えれば可謬の確証」が成る。この確証が、哲学の深化・科学の進化・工学の強化・文化の美化等の基礎に成る。
⒚エネルギーと物質を再認識する、これが最も根本的な上に重要な科学的思考と自然への回帰の始まりである。心と体を再認識する、これが最も根本的な上に重要な人間的思考と生命力の補充の始まりである。天と我を再認識する、これが最も根本的な上に重要な哲学的思考と根本義の創造の始まりである。徳と学を新たに興す、これが最も抜本的な上に本当の芸術的思考と世界への参画の始まりである。科学が人間を人間たらしめ、哲学が知識を知識たらしめ、徳が芸術を芸術たらしめる。
⒛天、理と気、そして熱。我、善と美、そして徳は、果たして存在するのだろうか?思考は確実に存在する。この事象が、「脳」という物体と「心」という世界、そして、「我」という質点の存在の確証と言うのは正しいだろう。善は陰陽の創造的な上に包括的な詳解であり、美は調和とそれに対する生命力の高度な感性であり、徳は熱の転化とその神力を主体的に有した生命力の神通力である、と言うのを良いとしようではないか!宇宙、エネルギーと物質、そして現実。…驚嘆しているよ!
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