徳九倍層

『徳九層倍』:上篇「実事求是」;上章「政治」(⒈-⒍)

⒈政治、それは、やはり最も重要であり、また最も普遍的であり、そして最も危険な必要悪の一つである。歴史を深く研究しては真正直に確認して、政治が知り尽くせない程までに、害毒に満ち溢れた安定と秩序を齎し(もたら)続け、絶望に満ち溢れた深刻な極貧や重病を激増させ続け、無知に満ち溢れた盲従や隷従等を強いり続け、暴力に満ち溢れた膨大な損害や死傷等を引き起こし続けている人為である事を学び知って、(こう)慨憤激しては、椎心泣血して、反躬(きゅう)自省し、そして立志せよ。本物の志は道に赴き、本物の士は徳を修めて積み、本物の君子は学を修めて積み、本物の聖人は道を修めて行い、正真正銘の人物は尽善尽美し、正真正銘の大人物とその正真正銘の偉業は、盛徳大業である。

⒉世道人心は利欲に駆り立てられて参政と利殖に投身し、志士仁人は過失犯を憂慮して道義と公正に献身し、大衆文化は粗略に直進して失政と不況を発生させ、聖人君子は故意犯を憂慮して至誠と徳義を体現する。「政」とは即ち「正」並びに「攵」、「正」とは即ち「社会意識とその適応・道徳意識とその躬行(きゅう)・規範意識とその操守」であり、「攵」とは即ち「良心とその叱責・道徳心とその教練・向学心とその教導・自制心とその抑制・自尊心とその激励・克己心とその変革・誠心とその創造・公共心とその奉公」である。政界と民生の腐敗堕落を洞察して、自浄意志と自浄作用を成せ。

⒊政治家であり、そして、道徳家・思想家・教育家・経済家・審美家・芸術家・人情家・理論家・実践家・勤勉家・読書家・評論家・演説家・組織家・随筆家・詩家・著作家にも成っていっており、そして最終的には徳望家にも成る、これが政治家の中の政治家である。徳倫理とその実践知・理念とその徳操・徳教とその言行一致・調整とその公明正大・多様性とその調和・心技体とその徳化・博愛とその無私公平・窮理とその体系化・活性化とその強化・道義心とその高度化・稽古とその革新・審問とその内省・正論とその雄弁・目的意識とその深化・情操の発生に洗練そして遂行の補完。

⒋「民主国家」は「形」に過ぎない。形式主義に陥ること(なか)れ、民主主義を曲解すること勿れ、民族主義に惑(でき)すること勿れ、愛国主義を悪用されること勿れ。「法治国家」という「名」を正すように。では「名を正す」とは何か?それは、「己を正しては、人に正しく教えて、正しい公論を成し、そして正しさのある高論を創る。」ということである。「人定法」と言うように、憲法に法律や法令等は人間が措定したもので、この真実を誠に確りと再認識してこそ、「実定法」が初めて成立しては、実質的に有効に成って、実際的に遵守される。自然法は無為自然な人為の超自然的な措定。

⒌偉大なるかな、実に偉大なるかな、有徳な人格は!これこそが、本当の独立の起点にして自由の基点であり、本物の人生の支点にして現実の力点であり、正真正銘の生命力の傑作にして学習力の佳品であり、天人合一の神秘にして結実である。有徳な人格が、現実にて実際に実践躬行(きゅう)を成し続け、なおかつ、推薦されて立身し、推挙されて出世し、推服されて飛躍し、推戴されて活躍すれば、厚徳な適格にも成り、厚徳な適格が初志貫徹し、なおかつ、徳望家として欽仰(きんぎょ)()れて、その遺徳が相承されれば、高徳な合格にも成る。高徳な合格は幻想、厚徳な適格は理想、有徳な人格は実例だ。

⒍誠に確りと修徳しては、追慕の情念を以て稽古して、先哲達の遺徳を再現し、そして尽善尽美なる保守と右翼を完遂せよ。孤高に苦しく積徳しては、先見の理念を以て新規して、後哲達の立志を冥助し、そして尽善尽美なる革新と左翼を完遂せよ。実際的に精選に厳選しては、徹底的に浄化に純化して、抜本的に熟議に協働し、そして尽善尽美なる折衷と中道を完遂せよ。天人合一の神業は中庸と無為自然の極致であり、徳治国家の偉業は中道と国利民福の実現であり、民主国家の功業は中正と功徳兼隆の達成であり、政党政治の善業は正中と高論卓説の創出であり、哲人元首の大業は中庸と才徳兼備の体現であり、自由を修徳に、民主を積徳に、熟議を民徳に由らせて、政徳を成せ。


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