徳九倍層

『徳九層倍』:上篇「実事求是」;上章「政治」(⒎-⒔)

⒎真実を追究しつつ理念を追求し、現実に適応しつつ理想に奉仕し、社会で忠勤しつつ個人で学究し、公徳と調和しつつ私徳を研磨し、身体を動かしつつ頭脳を働かせ、心を鍛錬しつつ我を創造し、天を崇拝しつつ政を補正する。この兼学そして兼備こそが、民徳の確立そして民福の実現を成し遂げる。数多くの精確な情報に知識そして理念の明示とその躬行(きゅう)こそが、民情の鎮静を成し、現実に屈従せずに適従して理想を実践的に標(ぼう)することこそが、民心の浄化を成し、実践的な上に知的な身体とその実力と、宗教的だが道徳的な精神とその動力が、民生の向上を成す。立志して決行せよ。

⒏「治す」が有ってこそ「治める」が初めて本当に開始し、「治める」が成ってこそ「治る」が遂に本当に完了する。修学よりもまずは修身の遂行に力を入れ、正義よりもまずは正心の実現に力を注ぎ、熱意よりもまずは誠意の完成に力を尽くすのだ。尽くした力が精力に成り、注いだ力が活力に成り、入れた力が動力に成るのはなぜか?尽くした力が意力に成り、注いだ力が知力に成り、入れた力が学力に成るのは、力を転化させる力が徳であり、力を徳へと進化させるのが、死への深い恐怖と死者への深い哀惜から成る情念と、生への深い執着と生存への抜本的な懐疑から成る理知。

⒐治しつつ統べ、治めて統ばるようにする、これが「統治」である。至誠を以て天を崇拝し、至情を以て天を畏怖し、至徳を以て天を代理し、至当を以て天を信奉し、そして、認知・情動・徳性・正当性を治して、内界を統括せよ。至誠は即ち天人冥合の道、至情は即ち融和折衷中和とその沖天の気、至徳は即ち中庸つまり大自然とその理気性と大人物とその徳善美の連係と一致の道、至当は即ち無知の知と懐疑主義・反省と可謬(びゅう)主義・窮理と自然主義・至誠と虚無主義・独我論と致命の道。徳治で民徳を統率し、法治で民力を統制し、療治で民心を根治し、自治をさせて民福を自決させよ。

⒑支配。その三流未満は、私利私欲に基づく、抑圧に強圧、威圧に弾圧、そして制圧の完遂であり、被支配者達は支配者を軽蔑しては侮蔑して、その死を願う。その三流は、私利私欲ではなく秩序立てる為の前述の諸々の圧の完遂であり、被支配者達は支配者を深く畏怖しつつ強く嫌悪し、やがて正しく再評価する。その二流は増産と営利を目指した、抑制に強制、規制に統制、そして運営の完遂であり、被支配者達は支配者に確りと服従するも徐々に自己疎外に陥り、享益しつつも発病する。その一流は、滅私奉公に公平無私の体現と被支配者達の福徳への貢献。その超一流は、支配の終了。

⒒指導者とは、道を指し示しては、修得しつつ自ら自力で自身を導いて、積徳しつつ率先垂範して他を導く者であり、その者が有能な有識者であるのは(もち)論だが、有徳な人格者でもあるのは、正に理想の中の理想。領導者とは、立身出世しては、即位就任して、大権重責を背負わされた指導者である。大欲ではなく大義を懐けば、抱負は自負心を生し、その自負心は賢良方正を為し、その賢良方正は授方任能を成し、その授方任能は多士済済を遂げ、領導者が厚徳な適格者であれば、多士の才徳兼備に知徳俊英が続き、領導者が初志貫徹すれば、高徳な合格者として盛徳大業を成し遂げる。

⒓徳性滋養を遂行しては続行する独我論が、健全な利己主義と良識に基づく個人主義を確りと完成しては誠に護持し、下学上達しては博学篤志して切問近思する純良な家族主義と純正な地域主義が、本物の利他主義と正真正銘の愛郷心を確りと完成しては誠に護持し、健全な利己主義と本物の利他主義が共通善を善く確立し、良識に基づく個人主義と正真正銘の愛郷心が愛国主義を善く確立する。この共通善と愛国主義が国際主義に相対主義と多文化主義を促進しつつもその病弊を根絶していく。

⒔建前を打破して本音で語り合ってこそ、深い問題意識が確立して、本格的な問題解決が開始する。同調を止めて調和を目指してこそ、確固たる連携が再興して、協働が進展しては持続する。駄弁に()弁を徹底的に排斥して決行に実行を率先して体現してこそ、実情が明らかになって改善が始まる。無責任や無関心な知的人任せ、狡猾(こうかつ)な責任の転嫁や放棄、精力的な偽善や合理的な欺(まん)等、そして意図的な無知を抜本的に排撃しては、徹底的に追撃して、持続的に根絶し、そして度徳量力せよ。


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