徳九倍層

『徳九層倍』:上篇「実事求是」;上章「政治」〔寛而栗〕(⒕-⒛)

⒕心を通じて道が徳を生し、情が徳を養い、知が徳を育み、意が徳を為し、言語並びに概念として成立した徳、これを「明徳」と言い、明徳を実践躬行し続けて、実践知と理解力を以て明徳を確立する、これを「明明徳」と言う。仕事人とは大学人であり、功名を成した大学人が人物であり、初志貫徹した大学人が大人物である。大学の道は、明徳を明らかにするという自己教育並びに人格陶冶に所在しては、民に親しむという博施済衆(フィランソロピー)に所在して、至善に止まるという生涯学習に所在する。故に、本物の政治家は、まず道徳家で人格者、次に慈善家で教育者、そして徳望家で実力者である。

⒖寛仁が協働学習(エンゲージメント)を、厳栗が専念職鑑(プロフェッショナル)を、寛厳宜しきを得ることが督励賦活(エンパワーメント)を、寛而栗が自己(セルフ)保健(ケア)を、そして相思相愛が健在福徳(ウェルビーイング)を完成する。官僚達と元首は、確かにどちらとも政治家ではあるが、官僚達は政令と政策を実施する専門家にして技術家であるのに対して、元首は、政道を示現しては、政理を具現して、政徳を体現し、そして、是正を遂行する思想家にして教育家そして実践家である。元首が有徳な人格に誠心誠意と多謀善断を以て、上記の五要を以て五事を遂行し続ければ、産学官民が政府に対して絶大な好感や忠誠心等を懐き、そして確固たる信頼関係や協力関係等も確立する。

(てい)位とは何か?それは大臣であり、国政を把握しては実施して掌握する元首の輔(ひつ)であり、群臣を統率する首脳部である。これ故に、元首たるもの、仁君として仁を以て政情に善く着実に寛ぎを齎し(もたら)て、名君として義を以て大臣達を厳しく正しく取捨選択し、賢君として礼を以て賢臣・名臣・良臣・忠臣・(かん)臣等を推挙しては重用して活躍させ、明君として智を以て愚臣・(ねい)臣・(かん)臣・乱臣・悪臣等を追及しては糾弾して排除し、神君として権を以て旧臣・重臣・老臣・功臣・謀臣等を(けん)制しては統御して善用し、国君として信を以て、民徳に師事しては、民福を実現するべきである。

⒘鼎立とは何か?それは三権分立であり、国家権力を立法権・司法権・行政権の三つに分立させては、相互を抑制・監視・対立等させ合って、権力の抑止と人権の保障に主権在民の実現と自由民主の確保することを理念としたものである。これを補完するのが第四の権力が膨大な通信(マスコミュにケーション)ではあるが、これを基本的に成すのが執政の要諦である君徳、これを発展的に成すのが共通善の要諦である公徳であり、これを最終的に成すのが個人主義の要諦である私徳、これを持続的に成すのが主権在民の要諦である民徳、これを進歩的に成すのが教育改革の要である学徳。以上が、国宝「九鼎」である。

⒙霊徳は、故事である歴史とその遺訓、そして故人である先哲達とその遺徳を熱誠に温習し続けることで成る霊妙な知徳であり、この徳は立志を冥助する。神徳は、(かこ)を新たにしては、新しきを知っ(おこな)て、新しい知を熱誠に数多く完成し続けることで成る神妙な学徳であり、この徳は初志貫徹を補完する。精妙な頭脳は温故を極め続ける知情意の傑作であり、絶妙な心神は知新を極め続ける心技体の佳品であり、微妙な感性は温故知新の大著であり、美妙な孤高は知られない温かき美しい気であり、それ故に「気高い」と言うのである。さあ、寛ぎと(きび)しさを兼備して気高さを成すのだ。

⒚利己的な経済原則に(し)意的な経済活動は、正に猛毒を大量に発生させては、広く(まん)延させて、長期的に汚染させ続けるような、凡庸な至愚にして意図なき極悪である。「毒を食らわば皿まで」の成れの果ては「殺(りく)を楽しむなら赤子まで」である。人口の爆発的かつ継続的な激増に、教学の形骸化と退廃、そして長期的な失業の続発と突発的な大恐慌が揃えば、事故や病気等の激増に、自殺や他殺の多発、そして戦争の勃発とその止まらない激化は必至である。経済成長は功罪相半ばする。

⒛経済成長を成し遂げた政治家は、確かに有能な政治家であり、この人物を「物心が付いた物知りである名位力」と称する。経済発展を成し遂げた政治家は、実際に有識な政治家であり、この大人物を「事に当たった事を成した運根鈍」と称する。経済開発を成し遂げた政治家は、本物の有力な政治家であり、この士君子を「才の病を治して乱を治めた心技体」と称する。人間開発を成し遂げた政治家は、正真正銘の有徳な政治家であり、この聖人君子を「道への道を創出した道」と称する。


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