徳九倍層

『徳九層倍』:上篇「実事求是」;上章「政治」〔愿而恭〕(⒈-⒍)

⒈企業の用語に「学生気分」という否定的で批判的な言葉がある。また「愛国」という言葉があるが、その政治的で現実的な解釈と用法にその実情は、偽善・心の無い美辞麗句・有名無実な標語・現実逃避・自己欺(まん)等であることが、甚だ多い。そして、「愛」という言葉を多用するも、実際は「利己心の嘘」・「性欲の厚化粧」・「自文勝手の仮面」・「利害関係の仮装」等であることもまた、甚だ多い。この三事から、組織の壊乱・関係の崩壊・人心の荒廃について再思しては、青少年教育に政治教育と生活教育について再考して、先進・公民・成人として「正名」を以て再起を誠に図る事で、畏敬される後進達とその新進気鋭ぶり・愛国的な民主化とその民政・持続的な人間開発が成る。

⒉哲仁の臨終において、盛徳大業を完遂して生涯学習を初志貫徹したその有徳な人格に対して公衆が誠恐誠(こう)であり、哲仁の葬式にて公衆が(かん)哀致誠を成し遂げ、永遠不変である過去の実在と「無」という真実の一つと成った哲仁を公衆は誠に深く追慕する、この三事が、民情とその厚情を育んでは、民心とその良心を健やかにして、民徳と徳行を促がす。故に、政治家が道徳家でもある上に哲仁であり、企業家が篤志家でもある上に哲仁であり、教育家が思想家でもある上に哲仁であるのが、正に三種の神器であり、しかもこの神器は不器()訓である。三神器の遺徳は万福の偉大なる冥助だ。

⒊小心謹慎は最も重要で基本的な処世訓の一つであり、謹言慎行は明哲保身の最も重要で得意な言行の一つであり、慎始敬終は、引受・決行・失敗・忍耐・続行・成功・進展・到達・達成・完遂・引継を連係する道であり、慎終如始がこの道を確実に成し遂げる終点であり、慎重居士がこの道を行う道である。変革は辺境から生り、本物は孤高から為り、真正は遺徳から成る。故に慎重居士は、志士にして辺境を放浪する質実朴素な留学生であり、学士にして天が命じた任地に独居する孤高な苦学生であり、道士にして道への道を創造して完成する、無であるが断続的に再生される道である。

⒋至徳である天徳とその天福に対して至恭であり、至当である天道とその天災に対して至順である、これが、元首の別名にして特務である「総理」であり、その恭順は実に至難にして重要である。口を開けては「私を信じて下さい!」等と声を出すのを控え、また、数多くの言葉を選んでは「私にお任せ下さい!」等と著述するのを控え、口を閉じては、自ら己自身に厳しく語り掛けて、良心・共感・理解・善意等を鍛錬しつつ、その成果である温良を以て庸行・善行・美行・徳行等を積み重ね続け、そして実践知を以て庸言・善言・美言・徳言等を、慇懃(いんぎん)恭敬を尽くしつつ口述と著述せよ。

⒌美貌は礼貌に勝る外貌であり、礼貌は美貌に優る体現である。祝賀は恭賀よりも喜ばしい祝いであり、恭賀は祝賀よりも正しい戒めである。人知は外面ばかりを注視し、人情は慶事ばかりを追求する。しかし、そうであるからこそ、人徳は内面を重視してはこれを研磨して、その結実を誠実に体現することで外面を正し、人道は難事に直面してはこれを忍耐して、その解決を誠実に決行することで善事美談徳業を成す。恭謹な実力者こそが本物の熟練者に成り、細謹な協力者こそが本物の当事者であり、謹篤な律儀者こそが本物の支持者である。(げん)民として参政し、恭謙を以て執政せよ。

⒍大統領とは、「世道人心の統治者にして国富強兵の領導者」である。氾濫し続ける膨大で出(たら)目な世論とそれを煽り立てては再生産して悪用する強大な報道(マスコミュニケーション)に決して屈従せずに、使命感・廉恥心・実践知・実行力を以て、本物の世務を見出しては、本当の政務を以て辛勤・精勤・忠勤して、正真正銘の処世・経世・警世・治世を遂行するのだ。総理とは、「天の大命の詳解・大自然の摂理の応用・哲理の相承と体得に進展そして創造を実現する理解者」である。「謹賀新年」という言葉、総理のこの言葉は、深謝と深謝の念を籠めたもので、その言葉は正当な評価と決行する猛省の礎である。「恭賀新()」という言葉、総理のこの言行は、敬教勧学に政治改革と教育改革の決行である。


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