御持て成し)哲学的に科学的に、道徳的に倫理的に、社会的に個人的に、そして持続的に歓待する。
徳を持養しては、道を完成して、御慶を実現する、これが本物の「御持て成し」とその正真正銘の完遂である。道は潜在しては遍在して常在しているものの、実際は不在である。道を内在させては顕在させて外在させ、そして実在させるのが、正に他ならぬ徳であり、徳は、偽物である御持て成しを本物にし、そして意志とその学徳は実存であり、実存は、本物の御持て成しとその正真正銘の完遂を成す。最初は全て偽物で未完であるのは至極当然で、最後に本物で完全であるのが幽然。
理想を持って情操を生し、関係を持って巨富を為し、徳望を持って相承を成し、そして死を以て遺徳を完成する、これこそが、人材の育成であり、人財の完成であり、人徳の遺伝であり、そして人道の確立である。人に成っては人を愛し、人であり続けつつ人を育み、人を人から人へと伝えよ。
哲学を以て理想に理念そして哲理を確立し、科学を原理に原則そして根拠を明確にし、道徳を以て知識に感情そして意志を確保し、倫理を以て技能に技術そして技芸を研磨し、社会性を以て義務に責任そして忠益を遂行し、個性を以て積善に美化そして学徳を完遂し、あらゆる利害関係者達を利害調整しつつも利害関係なく持続的に歓待すること、これが、本物の「御持て成し」とその正真正銘の完遂の偉業にして精華である。この偉業は営業にして善業で、この精華は万福の基である。
営業と商業は確かに慈善事業と福祉事業ではない。また慈善事業と福祉事業に営利と商売があってはならない。だが御持て成しの有る事業は、慈善心に満ち溢れた営利を善く成しつつ実際に商業的かつ利他的に福祉をも成すという、合理的で合目的的な矛盾とその功利的で美的な実証(アンウントフュールジッヒ)である。
「和を以て貴しとなす」の「和」が「個性と社会性の調和」であれば、道は続いて徳も伝わる。
ホスピタリティ)主体性と徳性を確立しては、社会性と個性を尊重して、収益性と品性を上げる。
深い思い遣りと正しい譲り合いが、運転の妙義であり、そしてこれこそが交通の妙境を実現する。深い思い遣りと正しい分かち合いが、饗応の妙義であり、そしてこれこそが遊楽の妙境を実現する。深い思い遣りと特訓に猛省や補正が、内幕の妙義であり、そしてこれこそが送迎の妙境を実現する。
経営学をまだ知らない、いや、いつまでも知ろうとしない経営者達は甚だ多く、「支配」の意味とその実態が「お前等は、我を黙っておとなしく支えては、虚偽を己自身そして客どもにたくさん配り続けろ!」である内幕を以て外幕を成す支配人達は甚だ多く、従業員達のほとんどは屈従する不利な者達であり、その過半数は盲従する無知な者達であり、その半数近くは隷従する怠惰な者達であり、そのごく一部は忍従する良識の持ち主達であり、そのほんの一部は適従する狡猾な者達か、志を以て適従しながら善く正しく学習しつつ、適時に潔く去ることを秘かに謀っている者達である。
顧客達は利害を、確かに能動的にだが、実際は受動的に齎す(もたら)、外部にして大部の者達であり、従業員達は利害を、確かに受動的にだが、実際は能動的に齎す、内部にして下部の者達であり、監督者達は利害を、確かに消極的にだが、実際は積極的に齎す、支部にして学部の者達であり、責任者達は利害を、確かに間接的にだが、実際は知的に齎す、本部にして幹部の者達であり、最高責任者は利害を、確かに形式的にだが、実際は決定的に齎す、頭部にして深部の者であり、最高責任者は、このことを誠に確りと改めて学び直しては、各部の実情と各自の実情を正しく確かめて、抜本的かつ徹底的に患部を根治し、そして、確かに全部の一部に過ぎないが、全部を左右する決定的な一部であることを自覚しては、全部に対する責任を誠に確りと負っては果たして、全部に対する義務を誠に確りと果たしては続け、そして、全部に信用される上に信頼され、更には信愛もされる有徳な人格者に成るように志すこと。こうしてこそ、本物のホスピタリティが初めて実在するのである。
本物のホスピタリティとその正真正銘の偉業は、根本的な人間開発と教育的で善美な文化の完成。
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