愛人)正に他ならぬ「相愛」こそが、真正の実践躬行「御持て成し」と「ホスピタリティ」を成す。
「御持て成し」は、理論哲学を以て実存し、実践哲学を以て実在し、哲学的人間学を以て実現される。天命を知ることを「存命」と言い、天道を仰ぐ人道を成すことを「存念」と言い、天理を窮めつつ情理を尽くすことを「温存」と言い、この三つに由って、御持て成しは実存する。良心に道徳心そして道徳意識に良識を鍛錬しては実践躬行することを「在心」と言い、責任に義務そして法令に倫理を理解しては実践躬行することを「在勤」と言い、自己保健に協働学習そして督励賦活に専念職鑑を持続的且進歩的に遂行することを「在理」と言い、この三つに依って御持て成しは実在する。「慈善」という基本を護持し続けては、「博愛」という基盤を強化し続けて、「仁風」という基礎を拡大し続け、そしてこの三つに拠って、「相愛」という関係を構築しては確立して護持し続けよ。「御持て成し」が「ホスピタリティ」を「ホスピタリティ」たらしめ、適正な利害調整を確りとし続けつつも、実際は利害関係なく誠実に利害関係者達の健在福徳の実現を志すのが、慈愛仁。
理想を誠に懐いては、理念を確りと掲げて、理論を正しく成す、これこそが「本当」の実践躬行の始まりである。現実を実際的に把握しては、現象を即物的に解明して、現場に建設的に適合する、これこそが「本物」の実践躬行である。抜本的な特訓を適材に対して適時に適所で実施し、誠に確りと各自かつ共同で猛省し、数多くの顧客達の多様な要望に満足や感動・大小に多少そして長短の利害損得・従業員達の志気と実力に時間そして報酬と様々な報奨・監督者達の自己教育そして自己調整学習を顧慮しつつ、経営者として成人教育と社会教育に人格教育そして生涯学習を実行しながら経営陣を刷新し続けて、建設的・抜本的・徹底的・創造的・持続的な補正を遂行する、これこそが「真正」の実践躬行である。経営陣は、形式的には僅か一分だが、影響力の九割を有している。
徳性に慈善を決して忘れず、理想に愛情を決して捨てず、智恵に公正を決して崩さないように。
用物)知識人として知識を、文明人として文明を、文化人として文化を、改めて且つ新たに学べ。
「現実界」即ち「物質界」を改めて且つ新たに学ぶのだ。知識が科学を科学たらしめ、意識が知識を知識たらしめ、学習が意識を意識たらしめ、主体性が学習を学習たらしめ、徳性が主体性を主体性たらしめるのである。知識が本当に成るのは正しい認識が有るからであり、知識が本物に成るのは復習と予習に自習を常日頃から兼備している上に続行しているからであり、知識が真正に成るのは、物質で構成された有機体として物質を学び、自動する物体である生命体として物質界を究め、複雑多岐で高度な自己組織化を成し続ける生命力が有る上に、自学自習し続ける動物として現実界に主体的に適応し続けるからである。生かされるのは「自然」で、自ら生きるのが「自律」である。
内界が外界から病的に隔絶してしまわないように、知識人として知識を改めて且つ新たに学ぶのだ。全く以て、「無知の知」が本当の知識人の知であり、「自知」が本物の知識人の知であり、「知の知」が真正の知識の知である。心界が物界にいつまで経っても盲従・屈従・隷従してしまうことが無いように、文明人として文明を改めて且つ新たに学ぶのだ。全く以て、理学と文学を兼備しては兼学して兼綜してこそ、実学が実際に実現しては実施されて実効が成り、虚学も妙用を成すように成る。かつて宇宙には地球が無かったが、遥か後々に地球が誕生し、かつて地球には世界中と同様に生命が無かったが、遥か後々に生命が誕生し、かつて生態には脳並びに意識を有する生命体は無かったが、遥か後々にそのような生命体が誕生し、かつて脳並びに意識を有する生命体には言語並びに概念が無かったが、遥か後々に、着火と調理に石器を発明しながらそれらも発明した「人類」と言う生命が誕生し、かつて人類には哀悼と墓造りは無かったが、遥か後々に集団生活に社会性そして互恵的利他性と愛着の誕生とその進展と共にそれらも誕生しては確立した。物的・動物的・本能的・利己的な実体は至極当然、大切な事は心的・人間的・学究的・利他的な文化人にも成る事だ。精神生活も成して、精神世界を豊かにすれば、この世界から「霊界」という新たな世界が誕生する。
理財)無意味な無駄遣いと無意義な浪費癖を無くして、有意味な無駄遣いと有意義な浪費癖を正せ。
「人の振り見て我が振り直せ」という諺を実践躬行しては、多種多様な不利・不正・不善・不徳を反面教師にして、功名利禄・賢良方正・積善余慶・功徳兼隆を自ら自力で成すのだ。経営の内情と経済の実情を見抜いては、利害損得の形式「貨幣」・その内容「効用」・その実質「価値観」・その正体「感性」・その属性「本能」を窮めて、形式への盲従と執着を打破し、内容の直視と充実を遂行し、実質の補正と改善を続行し、正体の浄化と強化に深化を実行し、属性の発展的な転化と創造的な進化を実現するのだ。そもそも、誠に悟れば、全ては無意味であり、無意義であり、そして無駄であるのを知り、誠に究めれば、全ては合理的であり、合目的的であり、合目的であり、そして拠理で無目的であると知ることに成る。合理的とは哲学的な調和・科学的な適合・主体的な学習等の如くであり、合目的的とは抜本的な認識・徹底的な遂行・生産的な交流等の如くであり、合目的とは創造的な挑戦・発展的な分析・進歩的な統合等の如くであり、拠理で無目的とは利他的だが虚無的、しかしやはりそれでも、審美的で有徳であるかの如くである。本が立てば道が生ずるのだ。
節約家が努力家ではなければ、やがて、しみったれに成り下がってしまう。倹約家が道徳家ではなければ、やがて、吝嗇家に成り下がってしまう。始末屋が有徳者ではなければ、やがて、守銭奴に成り下がってしまう。緊縮が粛正ではなければ、結局は、皺寄せに過ぎない。削減に刷新が無ければ、実際は、自分で自分の首を絞めるような愚行である。収入は飲食の如く、支出は出陣の如く、投資は激突の如く、増減は進退の如く、強弱は大小の如く、多少は安危の如く、賢愚は成敗の如く、緩急は正誤の如く、意図的な無学は自己放棄の病根であり、自知に基づく自律は自己実現の善根だ。この諸事を誠に確りと理解しては、是非曲直を峻別して、利害損得を自決し、そして節倹力行せよ。
教養も深い偏依。だが偏倚で宇宙が誕生しては成立したように、この偏依で盛徳大業が実現する。
自知)自制心と克己心、更には自立心と自尊心、そして健全な利己心と誠実な利他心を持養せよ。
軍事における古来の偉大な遺訓に、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」、そして「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」とある。また、十二分な兵站の持続的な確立と実際的な完備に建設的な補完こそが、軍事力の最も重要な重大事である。これらを学び知っては、有識を以て応用し、有徳を以て転用し、有力を以て善用することが、軍事学と経営学の正しい比較と善い両用に成るのである。本当の大敵は、正に他ならぬ災いする天命であり、本物の強敵は正に他ならぬ、極めて病的で絶対的に不治である人欲であり、そして正真正銘の宿敵は、他の誰でも何でも無く、正に他ならぬ、己自身とその意図的な無知と学習を中断するのを自決することである。誠に確りと敵を知り己を知れば、万難を根本的な上に徹底的に排することは、不可能から可能に成り、本当に敵に勝って熱誠に己に修めれば、万福を根本的な上に持続的に齎すことは、十分から十二分に成り、そして死後に、この内の十分は、早かれ遅かれ、完全に消滅してしまうが、この内の二分は、後哲達が温習できる遺教と遺徳と成る。愛され続けて来た文化でさえも遥か後々に消滅し、国民に民族が誇り高く想って偉大であるとする国家でさえも遥か後には消滅するのだから、ましてや、善美なる社会や強大な組織等、そして取り分け相思相愛の人間関係、更には尽善尽美し続ける偉大なる有徳の人格等であれば、その消滅は尚更早く、時には、いつの間にか、あっという間に消滅しているものである。しかし、そうであるからこそ、尽善尽美し続ける偉大なる有徳の人格とそれが成す盛徳大業に遺徳を成し遂げて、諸行無常の中に綱常を打ち立てよ。
抜本的で徹底的な上に持続的な内部統制こそが、企業に経営陣と行政機関に政府の確実な粛正を遂行し続けるが、この遂行を完遂するのは、根深い社会正義とそれを完成と護持する各個人の徳だ。
病的で凶暴な利己心と英雄的で滅私奉公の利他心、この両極端を執っては、その中正を民徳と共に善用して、中庸を成す、これが政徳と政術が成す政道の一つだが、これを誠に確りと模範とせよ。
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