⒎生命力は、正に大自然の摩訶不思議な産物であり、この宇宙において、これまで存在しなかったし、ほぼ存在していない。そしてここ「地球」という惑星で存在しているという事実を「奇跡」と言い、更にはその生命力を有した自動の物体の中で、「脳」という物体を持っている上に、意識並びに言語及び概念を有している「人類」という生命体とその生態の存在を「奇跡の中の奇跡」と言い、そして、その内界で「魂」と名付けた神通力とその所産という神秘的な措定並びに実践的な確信を、「奇跡の中の奇跡の外の奇跡」と言おう。そして、知性と徳性に霊性と神性を活性化させよ。
⒏身魂は実虚である。心魂は虚無である。霊魂は空虚である。神魂は虚空である。実は陽の象りであり、虚は陰の働きであり、空は陰陽の極みである。現実界即ち物界つまり外界にて、徳行を積み重ね続ける身体即ち肉界を修錬する心意は陽徳を体得し続ける、これを「正心誠意」という。内界即ち心界並びに霊界にて、心理を理解しては、精神に精通して、物質とエネルギーとその性質に法則を窮めつつ自知を遂行しながら再認識し続ける主即ち有徳な人格は、陰徳を体得し続ける、これを「格物致知」という。構造上並びに道筋は「格物→致知→誠意→正心→修身」だが、筋道並びに実践上は「誠意→正心→修身→格物→致知」である。実践上にて最初の「格物→致知→」を代わりに実践するのが、尽善尽美の胎教に幼児教育、家庭教育に学校教育、青少年教育に生活教育である。
⒐商魂は、社交並びに経済の精華の創造力であり、そして生命力が創造した文明の偉大な道である。詩魂は、言語並びに概念の精華の創造力であり、そして生命力が進展させた文化の偉大な道である。生霊は、屈折した上に屈服し、そしてほぼ断念しつつも念じ続ける生者の狂気で、それを招致する商魂が神商の心魂であり、それを包容する詩魂が詩家の心魂である。商魂の有る政商と詩魂の有る詩客、そして「死霊」という銜哀致誠に慎終追遠の追想・仮想・理想・妄想・幻想の所産を、熱誠に創造かつ相承する士魂の有る国士、この三者の連携と協働そして活躍が、富国・愛国・救国の道。
⒑心理教育と精神教育に文化教育、そして自己教育に道徳教育と人格教育、これらの教育は極めて至難である上に、甚だ不人気で、しかも膨大な費用に対する対価が余りにも寡少である。現実的で功利的に言えば、不必要な教育である。それでも、善き乱心と美しき敬意を以て敢えて言おう、これらの教育も本当に重要不可欠なものである。世間魂が有ってこそ善美な処世術が成り、国御魂は、有徳な人格者である元首の精魂と、有識な愛国者達である公衆の気魂の協働に由って誠に育まれる。
⒒守破離、これが政術から政徳、政徳から政道への進歩的な段階である。政術の相承とその保守は辛うじて容易いが、政徳の相承とその保守は極めて困難であり、政道の相承とその保守はほとんど不可能である。だからこそ、荒魂の有る革新で政理を再認しては、政徳を再生して、政道を再興しなければならず、その為には多かれ少なかれ、一定の破壊が必要不可欠である。荒魂の有る革新に建設的で肯定的に抵抗するのが奇魂の有る保守で、両者が和魂を以て抜本的な争議と徹底的な熟議を遂行すれば、天災は遂に離散し、人災も遂に終結し、幸魂を齎す天福と幸魂を有する民福が成る。
⒓序破急、これが政治の芸術である。静かに・秘かに・ゆっくりと・少しずつ・着実に・穏やかに、これらが「序」。抜本的に・徹底的に・力強く・勢いよく・正しく・効率よく・能率よく・計算高く・合理的に・破壊的かつ創造的に、これらが「破」。決定的に・確りと・十二分に、これらが「急」。優柔不断・自暴自棄・専断偏頗ではなく、堅忍果決・引決自裁・初志貫徹であるように。
⒔運鈍根、これが政治の心得であり、そして心構えでもある。天を畏怖しては、崇拝して、仰賛し、命数を知るのだ。既に且つ常に在る確実な不確実性が秘蔵した運が「命」で、既に且つ時々生る不確実な確実性を秘蔵した運が「数」である。天命に屈従・盲従・隷従すること勿れ、だが不可能を可能にするのが不可能であることも知り認めよ、そして知命しては忍従して適従せよ。鋭敏を以て知命しては、愚鈍を以て渡世して、根性魂を以て立志し、そして初志貫徹せよ、有徳な人格者よ!
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