2025/08/03 16:45
2025年という四半世紀の年も、既に半年をとっくに過ぎ、そして既に8月が始まった。そして、私達の祖国日本の8月には「盆行事」と言う伝統的な文化行事がある。これは「祖霊達を自家に招待するという『如在』、並びに精神的・宗教的な恒例行事。」である。しかし、この文化行事が形骸化してしまって久しい、と言って過言ではないだろう。過去を振り返り、過去に教わり、過去から学び得、過去の罪過が繰り返されないようにし、過去の遺徳を受け継ぐ、これらが、盆行事の極意・奥義・神髄ではないだろうか?
さて、このように考えると、政治もまた、過去を学習しては、未来を見越して、現在に集中し、そして、現実の諸事を改善していくことを、道にしていかなければならないのではないだろうか?
「失われた30年」は既に終わったが、実に残念ながら、それは「終結」ではなく「継続」として終わったのであり、今現在は「失われた40年」の最中であると考えても、大きな間違いは無いだろう。
失ってしまっては、更に失ってしまって、より一層失い続けてしまい、そしてそれでもなお、失い続けている…この悲惨な「喪失」つまり「同調圧力、現状維持、現実逃避、本音と建前、ガラパゴス化、御都合主義・事勿れ主義等による数多の失敗に喪失。」という歴史から得られるものは、数多くあるのだ。その中の一つが「新規蒔き直しに繋がる教訓」であり、それを得るには「誠実な反省」を実行することが重要不可欠であるのだ。そして、「誠実な反省」を以て「抜本的な参政」を実行し、「新規蒔き直しに繋がる教訓」を以て建設的な民政を実現していくことが、歴史の転換期を創出することであろう。
| この30年を振り返るとすれば、少子高齢化など社会保障、過疎、環境破壊など顕在化してきた諸課題に「成果を挙げた記憶が国民にはない」と佐々木氏は言い切る。[中略]「政治家は事あるごとに給付金をまくことしかもはや知らない。政策論議は最低のレベルまで落ち込んだんじゃないか」と表情を雲らせる。[中略]「一事が万事、今度の臨調は幕引きかもしれないな。われわれなりに熱気が出てくるようにしたいけど、点火装置が作動しないかもしれない」と弱気ものぞかせる。 臨調と30年、政治学者の功罪 「改革」はついえるのか【政界Web】:時事ドットコム 2022年05月20日 |
自分自身が抱えている深刻な問題や困難な課題等から逃避したり、潜んでいる病気や障害から、政治狂になって政治に関する活動家や運動家に人々は決して少なくないものであり、このような人々が、「政治的」が即ち「利己的」「恣意的」「病的」等であるという実情を作り上げ続けているのだ。この実情を見極めて、「政治」と「政治的」の本来の意味を学び直すことが大切である。
| 政治とは、人々に関わる問題について「こうしよう」と決めることです。日本の国会議員は、主に日本に住む人々に関わることを決めています。これは確かに政治です。ただ、家族や地域、学校、クラブ活動やサークル活動でも、夫や妻、生徒、部員といった人たちは、そのメンバーに関わることを決めていませんか。家事や育児の分担、地域のルール作りなど、私たちの身近なことを決める時、そこにも政治があると考えています。 政治話が苦手な政治学者、投票日前に語る「選挙だけが政治じゃない」:朝日新聞 聞き手・高橋健次郎 2021年10月28日 16時00分 |
「国政」だけではない、「県政」「市政」「町政」「家政」等に、「生徒会」や「自治会」に「公民館」等、更には「自主管理」に「自己調整学習」もある。「下学上達」に「博学篤志、切問近思。」を実践躬行する事もまた政治なのだ。
| 政治とは、人々に関わる問題について「こうしよう」と決めることです。日本の国会議員は、主に日本に住む人々に関わることを決めています。これは確かに政治です。ただ、家族や地域、学校、クラブ活動やサークル活動でも、夫や妻、生徒、部員といった人たちは、そのメンバーに関わることを決めていませんか。家事や育児の分担、地域のルール作りなど、私たちの身近なことを決める時、そこにも政治があると考えています。 政治話が苦手な政治学者、投票日前に語る「選挙だけが政治じゃない」:朝日新聞 聞き手・高橋健次郎 2021年10月28日 16時00分 |
情報社会並びにユビキタス社会の中で、「自己疎外」そして「アノミー」に陥らない為にも、「自主管理」や「自己調整学習」を更に実践躬行するべきだ。
| [中略]政治的なニュースがどうやって画面に表示されているのか。そのメカニズムを知ることがまずは重要だ。主権にも、民主政にも、別の過去と未来がありえたと、歴史は教えてくれる。情報過多社会の政治の未来がどうなるか。それは主権者の確かな判断に託されている。 情報過多社会と民主政 未来は主権者の判断に託される 上村剛|好書好日 2025.07.23 |
形骸化或いは堕落した「自由主義」と「民主主義」に「個人主義」そして「主権在民」と「国民主権」を、主体性と学徳を以て改善していくべきだ。
次の新時代がどんな時代であるのか、それは私達の人心の一新に由るのだ。
| 一、利己性と恒常性という天性を享受しては保持するから、生きている。 一、でもこの天性に盲従しては隷従して依存しているから、学べないよ。 一、「禍福相貫」と言うように、この天性は天恵であると同時に天災だ。 二、まだ生きている人々も、自殺した人々も、自ら己自身の首を絞めた。 二、少しばかりの間の激しい苦痛で無に還った。…世界は変わらず続く。 二、長い間の激しい苦痛から考えるのを止めた。…世界は変わり続ける。 三、生きている人々でさえ、お互いに擦れ違っては、お互いを忘れるよ。 三、ましてや、死んでしまった人々を、一体誰が心から誠に憶えるのだ? 三、墓参に参尋なく、追善に追慕なく、祭に慈善心なく、式典に誠なし。 四、職場での多忙に激務、そして多事争論に醜悪な人間関係に揉まれる。 四、実社会で疲弊する上に、実生活で困苦し、実人生の多事多難を知る。 四、でも揉まれ続けたが故に、人に成っては、人として生き始められる。 五、病んでしまった上に治らないのは、悲惨な天災であり、仕方がない。 五、でも病んでも治さない上に、才を発揮して巧みに能(あた)う、これは人災。 五、天災に屈従せず、人災に惑溺せず、自身を自ら治しては自ら治めよ。 六、ああ、修道しては、隠忍自重するのだ!時機がまだ到来していない… 六、ああ、修学しては、従容自若するのだ!勢いがまだ十二分ではない… 六、ああ、修徳しては、引決自裁するのだ!立志がまだ完成していない… 七、「財力」という必要不可欠な事物、「時間」という重要不可欠な物事。 七、「健康」という必要不可欠な一瞬、「人格」という重要不可欠な貫徹。 七、正しい物事が事物を正しく揃え、貫徹してこそ一瞬が断続するのだ。 八、自殺した死者というのはもちろんいるが、自殺した生者もいるのだ。 八、他殺した罪人というのはもちろんいるが、他殺した偉人もいるのだ。 八、「お前こそが死ね」と言われる生者と、罪悪だらけの偉人も、いる。 九、二度と無い一度きりの人命に人生…天命は至公至平で生態は厳酷だ。 九、天を畏怖しては自知を遂行し、天を崇拝しては自敬を完遂するのだ。 九、地を見渡しては世を見極めて、己を見定めては人を見抜いて、選べ。 十、一体どれ程の悲痛と激怒を積み重ね続けることになるのだ?一生だ。 十、どのような様で安楽と幸福を遂に得られるというのだ?断続的にだ。 十、本当の私はどうなのだ?孤独だ。本当に私は何をする?生涯学習だ。 |
「温故知新」に「改過自新」そして「格致日新」という道を以て進むのだ。
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