敬虔新聞

№002)戦争を遠くから知り続けては、平和の中で学び直す大切さ

2024/10/10 01:08

 なぜ私達は、戦争に反対し、そして平和を求めるのか?そもそも、果たして「誠」に戦争を理解しては反対し、そして平和を深愛しては求めているのだろうか?そう、「誠」であろうか?これこそ、問わなければならないことだ。

 もし当たり前のことを、ただただ、漠然と当たり前のこととして知るだけでは、本当の多事多難に陥った時、私達は困惑しては大混乱し、対処できずに大失敗して、知らず知らずの内に、不本意ながら、多事多難に更なる多事多難を積み重ねるだけであろう。

 さて、改めて本格的・根本的・徹底的に問い直していこう。戦争に反対し、そして平和を求めるのか?まずそれは、正に他ならぬ、「生き続ける」ためである。即ち、私達の各自の生存本能とそれに基づいて確立された社会通念の故である。この、戦争反対と平和希求の通念並びに文化は、取り分け、第一次世界大戦と第二次世界大戦という、世界史上・人類史上の大惨事から学び得た、いや、学び得ていた、と言った方が正しいだろう。戦争を実体験しては、死や殺し合いを実際に見聞きして、生存と平和の尊さを改めてかつ新たに深く学び得、そして数多くの教訓を積み重ね築いては後世に遺した。しかし、第二次世界大戦後の冷戦に独立戦争や代理戦争等、そして各国の独立後や統一後、更には冷戦終結後も、内戦や対テロ戦争等、戦争は続発に多発している、今日に至るまで。これもまた、天命であり、大自然の摂理であり、そして私達人間の、生物・動物・進化として宿命であろう。しかしその宿命を負い続ける中で、私達は、先人達が遺してくれた数多くの教訓を、学び受け継いでは、学び直し続けて、新たに学び問うているのだろうか?この自省こそが、宿命を負い続けつつも、超克する起点にして基点であるのだ。

こんなにウクライナから物理的に遠く離れている日本という国に、強力に支援してもらえるとは正直に言って思っていなかっただけに、本当にうれしいし、勇気づけられる。そしてその日本の努力を支えている日本国民の一人ひとりに対しては感謝の気持ちしかないと、しみじみと言っていた
駐ウクライナ大使「支援は日本の平和と安定につながる」 | NHK | ウクライナ情勢 2024年10月9日 6時03分

 戦争から遠く離れた平和な所で生存していることは実に幸いであり、それを知り続ける心こそが深い思い遣りの一つであり、その心を以て戦争に軍事と平和に生命を学び直す行いこそが、大切である。その大切な心と行いこそが、精確な認識に適確な判断・建設的な熟議に生産的な決行・創造的で持続的な教学の礎と成るのではないだろうか?

 外政ではなく内政こそが先決問題であり、生存の護持こそが最優先事項である。国民として、公民として、また、社会人として、成人として、そして、個人として、参政権を有する私達は、自尊心を育んでは自愛を確立して、善き社会性を洗練し続けつつ、命の尊さと生の素晴らしさを、互助に共学を以て創出していくことが、着実に、善き民政と正しい内政、そして美しい国政を実現していくことに繋がるのではないだろうか?そのような民政が内政を浄化し、そのような内政が国政を美化し、そしてそのような国政が、戦争の終結や阻止と平和の実現や護持という、実に儚くて虚しいが、実に善美な業に参画できるのだ。

ミャンマーやカンボジアなど近隣国からの移民や避難民が増えているタイ。彼らは、少子高齢化が進むタイ国内においては重要な労働力として経済を支える存在だが、その子どもたちの生活環境は厳しい場合が多い。特に教育環境については、タイ政府が公教育に受け入れる方針を示したにもかかわらず、実態はなかなか学校への就学が進んでいない。
「学び場」はゴミ集積場 教育受けられないタイの移民児童 (asahi.com) 2024/10/09

 さて、生存権だけではなく参政権をも有している、成人であり、社会人であり、公民である、私達大人達は、生存権を有しているが、参政権をまだ授かっていない、青少年達に対して、物質的・経済的・社会的に十二分な生活を恵んでは、自ら垂範しつつ、間接的かつ持続的に歴史・平和・政治等を教えて、青少年達が自ら社会意識・政治意識・問題意識・目的意識を育んでは成していくことを助けていくべきである。政府を糾弾するよりも、企業を非難するよりも、学校を批判するよりも、先ずは何よりも、自分自身を省察しては、改善して、鍛練する、これこそが先決問題であると同時に最優先事項であるのだ。

 平和を遥か遠い未来にあると苦しく知りつつ、戦争の中で生き延び続ける。これに対して、私達は、戦争を遠くから素知らぬ振りをし続けては、平和の中で次から次へと忘却や逃避に無知を積み重ね続けて来た。そしてそれは今も、そしてこれからも続く。今こそ、この続きから脱出しては、現実に直面し、「誠」に戦争を理解しては反対し、そして平和を深愛しては求めるべきだ。

 以上のことを踏まえて、戦争と平和を兼学し、命を尊び、生を愛するのだ。

一、「二度と繰り返さないように」…確かに善美だがやはり間違う言葉。
一、私の愛する人よ、貴方はもう無。でもね、事故も事件も続いている。
一、墓は在るが悼みは無し。字は在るが行は無し。習は在るが心は無し。
二、前の世代の無徳で戦争が始まって、後の世代の無徳で平和が終わる。
二、昔は大人達から「殺す」、今は青年達から「死ね」と言われる老年。
二、平和を追求する時は脅迫され、戦争を警告する時は無視される辛苦。
三、戦争は万物の父、平和は万物の母。子よ、誠に両者を忘れる事れ。
三、徳が有れば、過去を追体験できる。徳が無ければ、実体験も無駄に。
三、平時の戦争は食物連鎖に求名求利。戦時の平和は克己復礼に利他心。
四、子を産む事は、望ましい事だろうか?それとも、また一種の殺人か?
四、社会教育に成人教育、自己調整学習に生涯学習。大人達に大学あれ。
四、奨学に垂範・理財に公正・愛民に徳政、これらが青少年教育の三宝。
五、深い哀悼・厚き追慕・続く猛省、これらが死を美化し、生を潤わす。
五、ずっと続く怠惰・止まない享受に享楽・忘却…平和もまた実に醜い。
五、共同善への奉仕に献身・忠勇義烈・愛民救国…戦争にも善美はある。
六、英雄達の偉業もまた、突然やって来てはすぐさま過ぎ去る風の如く。
六、あの人達も…その人達も…この人達も…皆、忘れていく…風だ、風。
六、分かっている、風も、感覚も、知覚も、もう無い。でも愛は続くよ。
七、本当に「知らなかった」は極稀、精確には、「知ろうとしなかった」。
七、予見して備えるのが上、復習して自覚するのが中、後悔に猛省は下。
七、知るも問わず行わず、学ばない知らない感じない、陥ってもしない。
八、無関係というのは、確かに事実。しかし関連付けるのが、生命の学。
八、着火と言語という人類の遠祖の偉大なる発明。挑戦と自然こそが道。
八、農耕に文明と戦争・経済に文化と学習、これらの連繋を洞察しよう。
九、蘇生も転生も絶対に無い。が、あるとすれば、それは復習に共感ね。
九、「温習」、学びに温かさがあってこそ、学びは初めて学びと成るのだ。
九、言は功の修飾、功は徳の加工で、徳は罪の救済、罪は言の誤りの禍。
十、食事の前後の哀しみ・墓参での悼み・歴史教育での省みが徳性の師。
十、生存に勤労や社交は作用点、健康に余暇は支点、意志と学徳が力点。
十、軍事に戦争、そして平和に安楽も禍福相貫。分岐点は徳の有無だぞ!

 知り続けることこそが基点であり、そして学び直すことこそが進展の礎だ。


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